取り留めもない

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舞台『Being at home with Claude-クロードと一緒に-』2023

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STORY 

1967年 カナダ・モントリオール。判事の執務室。

殺人事件の自首をしてきた「彼」は、苛立ちながら刑事の質問に、面倒くさそうに答えている。
男娼を生業としている少年=「彼」に対し、明らかに軽蔑した態度で取調べを行う刑事。部屋の外には大勢のマスコミ。

被害者は、少年と肉体関係があった大学生。

インテリと思われる被害者が、なぜ、こんな安っぽい男娼を家に出入りさせていたか判らない、などと口汚く罵る刑事は、取調べ時間の長さに対して、十分な調書を作れていない状況に苛立ちを隠せずにいる。

殺害後の足取りの確認に始まり、どのように二人が出会ったか、どのように被害者の部屋を訪れていたのか、不貞腐れた言動でいながらも包み隠さず告白していた「彼」が、言葉を濁すのが、殺害の動機。

順調だったという二人の関係を、なぜ「彼」は殺害という形でENDにしたのか。

密室を舞台に、「彼」と刑事の濃厚な会話から紡ぎ出される「真実」とは。

Being at home with Claude -クロードと一緒に-

REVIEW 

初日に見てそこからしばらくこの作品について何も考えなかった。現実で効率的に生きている自分が無意識に余白と複雑は思惑が絡むこの物語を拒んでいる、そんな感じがしたから。何度も何度も見たことがあるはずのこの世界を理解できなくなってしまったからといって、嫌いになりたくなかったから。でも、再びこの作品の共犯者になった。そして見えたものは初日とはがらっと変わっていた。

 

『クロードと一緒に』という話は愛の話である、というのはかなり短絡的な情報整理によって行われた言語化だ。ただ、私自身何年もの時間をかけてもそう感じることが多かった。

 

たったひと言「彼を愛してた」というまでの物語。そんなふうに思っていた。たしかに、それは間違いじゃない。ただ、その一言に向かうまでに、どうしてイーヴは自首したのか、どうして自首までの間に客を取ったのか、どうしてマスコミに連絡して判事の部屋に立て籠ったのか、どうして事情聴取で名前も答えなかったのか、そんなことを考え始めると愛の話で一括りにするには余りある。私が今回思い至ったのは、抑圧された人たちの諦念と絶望の物語なのだということだった。

 

この戯曲が大きく違って見えたのは、私が利口になって理解が進んだからではない。4度目のイーヴを演じた松田凌とその役への熱量に劣らない熱量で答えた刑事役の神尾佑のぶつかり合いが凄まじかったからだ。元より、「松田凌」といつ役者が好きで『クロードと一緒に』を追いかけ続けているので、彼のこの役に対する気持ちが並外れたものではないことは理解していた。その演じることはの熱量がつまらない人生を生きる自分との隔絶を感じさせる理由になったこともあった。そんなことは比べることではないと頭では理解しているはずなのに、勝手に役と対話して呆然として悔しかった。でも、今回は神尾さん演じる刑事がイーヴと対峙して怒り、悲しんでいたからそうはならなかった。一方で、その刑事や、刑事と同じようにイーヴたちを蔑む人たちの加害性が顕になって、そのことが私に違う物語を見せていた。

 

イーヴは自分のことを何と言われてもどうでもいいというような顔をしている。つまらなそうな、感情のスイッチを切ってしまっているような、そんな雰囲気。きっと、誰かが何か言ってくることに対して訂正しても聞いてくれない、「本当」を理解なんてしてもらえない、自分たちのような人間は人間として十分に扱われなくても仕方がないと思っているような感じ。彼は彼の生い立ちやゲイであるというアイデンティティ、人と人との関わりが不可欠な男娼という仕事を選ばざるを得なかったせいで、ずっとずっと馬鹿にされて虐げられてきた。そうされ続けて彼自身はなんとか適応する方法を見出した。そんな中でクロードと出会ってこの上なく嬉しかったんだろう。けれどそれは同時に、この事件を起こすきっかけにもなった。優秀で家族や友達にも愛され、社会的にも真っ当なクロードが自分を選ぶことで自分と同じように人間以下の扱いをされる。そのことがイヴは許せなかった。それだけで彼を殺すのは間違っている、と断罪することが出来るのはイーヴと同じ苦さを経験した人間だけだ。私には到底想像がつかない。愛しているのに、彼を想うからこそ殺すしかなかった。そんな感情は私の中にはない。

 

『クロードと一緒に』という戯曲はイーヴが「思い出す」物語である。だから、どこからどこまでが本当で、どこからが嘘なのかは分からない。刑事が彼から「本当」を引き出すために「姉さんが今からここにくる」と適当なことを言った後、嘘をつかれたことには怒りもせず、逆に「刑事は嘘をつく」ということを頼りに、クロードの彼女の話も嘘なのではないか?と期待を込めて質問し返すやりとりが切なくて印象的だった。嘘をつかれることに怒れるのも自分に価値があることを前提としているという話です。

 

あとで追加するかもですが2023年の感想でした。分かりやすいなと思ったフォロワーさんのエントリを勝手に貼って終わります。

 

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