DD過ぎて中身が薄い

映画や舞台の感想書いたり、推しが大好きと叫んだり。

【ネタバレ】夕陽伝(1回目)観てきました。

どうも、私にとって初の生Dステ『夕陽伝』観てきました。あと、東京千秋楽に行く予定です。なのでとりあえず1回目の感想をば。

物語の内容はこちらの公式サイトを参考にしてください。

例によって大枠から話すのはだるいので、登場人物一人一人についてコメント入れていく形でいきます。贔屓目と偏見があるので、ご容赦ください。

 

海里(瀬戸康史

正義の人。自分があるようでなく、自由なようで自由とは何かを理解していない人。最初からこういうのもなんだけど、海里に少しでも感情移入出来なかった時点でヤバいと思った、私が。「良い人だ~!」って富士丸と陸奥に何度も何度も言われるけど、字面通りの「良い人」でしかないように思ったし、言われ過ぎて果たしてどこが良い人なんだ、どうして尊敬できるんだ、なんでついていきたいと思えるんだ、ましてや国を任せたいと思うだろうか、なんてことばっかり考えてしまっていけない。瀬戸くんは良かった。ただ、瀬戸くんが正義の人をやると、そんな感じだよね、って思っちゃうんだ。ごめんね。心が汚い.com

 

都月(宮﨑秋人)

自我の人。頑固で真面目だっていう噂の秋人くんそのままなんじゃ…と知らないながらに思った。難しいよね。完全に悪ではいけない上に、完全な正義(海里)と完全な悪(ヒルコマダラ)に挟まれて。もういっそ、狂ってしまえばいいよ。中の人と共にその完璧主義者っぽい脆さをひとつ脱いで、卑屈になる姿を見せられる人が都月だと思うんだ私は。もしくは未見のうちはもっとプライドが高いイメージだった都月たん。最後の黄泉の国へ行くところは、陽向といっしょ!の喜びと、死の恐怖が入り混じってると最高なんだけどな。

 

陽向(小芝風花

愛する人。風花ちゃんすごいよ、初舞台なんですって。私、GTOでしか知らないですけど、天真爛漫な雰囲気と死を背負ってからの狂気のギャップがヒリヒリして痛かった。あの場面での「お前じゃない」は今後の参考にするね。使う予定ないけど。なんでだか全然分かんないけど、本当に海里にしか興味ないんだね。いっそすごいよ。海里にために生まれて、死んで、行き返って、死んでっていう。生き返るくだりは、古事記っていうよりギリシャ神話思い出したけど。

 

猿美弥(遠藤雄弥)

守る人。自分よりも、陽向よりも、大王よりも国を守りたかったんだね。でもなんでそんなに守りたいのさ。こういう疑問を自己補完できないのが悔しいです。この人も正義と悪に挟まれた基本良い人なので、ちょっと愛しにくい。えんやはお父さんとしてカッコ良かった。

 

凪大王(山本亨)

特に私が言及できることなどないです。私の2回目に期待してください。

 

出雲(荒井敦史

支える人。キャラクター的にも、舞台の上の人的にも、しっかり支えていたのではないでしょうか。はい、贔屓目です。でも、本当に、殺陣もカッコ良くて、どの人ともちゃんと間合いが取れてて、「やっぱり大男(守)役が似合うな~」って思いました。根が良い人なんだろうね、たぶん。あと、9列目とかで見てたんですけど、あっちゃんが喋るとオペラグラス構える人多しだったので、「ファン沢山いるな~(ぽわぽわ)」ってなってました。あんなに余白が多いのに。まぁでも役的には「面白さ」が薄かったなって。良くも悪くもニュートラルで居続けなくちゃいけない出雲くんなのである。

 

富士丸(前山剛久

前ちゃんでしたね。ええ、前ちゃんでした。D-LIVEはお金持ちキャラだったのにすっかり貧しくなっちゃって、たぶん演出家さんが飽きたんでしょうね、お金持ちキャラに。というのは冗談ですが、ちょっと陸奥の相手役っていう感じになっていた気もする。次、ちゃんと見ます。

 

陸奥(高橋龍輝

やって来ました!私の「見守りたい俳優No.1」の高橋龍輝。かわいかった。かわいくあることに違和感なかった。まあでも基本的にかわいいの評価しかしたことなかった。そう、私はクソオタ(喪女)。一番の見せどころは「逃げるな!」のとこだと思うんだけど、そっか!という感じかな。自分の危機(飢餓)と国の危機(国滅ぼし)と私達の危機感があんまりリンクしてなかった気がするの。「陸奥、お腹すいててかわいそう」くらい。こちらも次の私に期待してください。

 

 

真多羅王子(鈴木裕樹

可哀想な人。いやまあ、末満さんの脚本だからそれなりにみんな可哀想なんだけど、ベスト・オブ・可哀想。他の登場人物もそうであるように、誰もが誰かの鏡になっていて、真多羅は都月であり、もう一方で毘流古でもある。都月と同化する時は、信念に燃え高みを目指し、毘流古と同化する時は、この上なく下衆で、冷酷で、下品になる。道化の美学を私に魅せてくれた人物。実を言うと、私がなんとなくずっきーを知った頃から、彼は真多羅のような豪快さと繊細さのある人だと思っていて、今回それとやっと合致した気分なのです。結局のところ、真多羅のことは「ずっとひとりで寂しかった」「それを理解してくれたのが毘流古」「それならこの運命も仕方ない」の三段論法で即理解しました。一生愛す。

 

毘流古(池岡亮介

狂気の人。なんといっても池岡だよ。当て書きで脚本書いたっていうなら、もう『夕陽伝』は毘流古(池岡)のものじゃない?違うの?と私がくだらないことを言う前に、結構早い段階で「兄じゃあるまいし」って毘流古が都月に言ったシーンを思い出してまたぐっときてました。自分のことをクズだとわかっているから、じゃあ何のためにこの世に生まれて死ぬのか、理由がなくてはいてもたってもいられない。存在理由と死ぬ理由っていうのは結構表裏一体感。「どうして生きるのか」or「どうして死ぬのか」の原始的な問いに常人が答えられないように、クズであろうとなかろうと、骨があろうとなかろうと、誰にも答えなんて出せない。そこに強引に何か与えようとしようもんなら彼のように破滅が待っている。それまで他の人間とは違うと自認していた毘流古が、二度目の死の時、他の人間と同じように死を恐れたところで泣きました。やっぱり毘流古が優勝だよ。

 

というところで基本メンバーについては以上です。その他に言い残したことは以下。折ります。

 

 

 

やっぱり岡村さんの演出と自分は相性が良くないなあというのが正直なところ。小説とか舞台とか基本何でもそうだけど、内容よりも話の様式美にしか興味がないから、言葉と間に工夫がないものが苦手で、説明し過ぎの話も苦手で、そういう苦手な要素ぶっこみました系だった。情報量が多い割に私に伝わって来ないの。ひとつひとつの言葉を!大切にね!第一、拘っていると言ってた「私達の世界とのつながり(共感)」があんまり感じられなかった。つまりどっかの国で起こってる、誰かの話風。あと、BGMと効果音に全く情緒がない。明るいところと、暗いところを違うテンションのピアノ音で済ませるのだけはやめてほしい。真多羅のところでも書いたけど、「通じる二つの役で対にする気満々の脚本」だと勝手に思ってるから、その要素が薄かったのもつらかった。なんにせよ、役者愛の人のリア充っぽい天真爛漫な演出がいかんなく発揮され、キャラクター愛に満ちてる人はオタクっぽいねちっこさがある演出が恋しかったよなァ~~~なんてこんなところで言ってもどうしようもないのだけど。

 

それじゃちょっとパンフレット読んでくる。お付き合いいただきありがとうございました。