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モノモース『エンドルフィン』

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「俺はここに居たんだ」

この言葉に行き着くことは想像ができていて、だからこそそれ以外が想像できなかった。筋のような筋も提示されてはいなかったし、できるだけ排除しているように思えた。「俺はここに居たんだ」居たいと思ったことはないけど。「俺はここに居たんだ」居るしかなかったんだ。「俺はここに居たんだ」生きると決めたから。「俺はここに居たんだ」生きる理由を見つけたから。だから命以外はさほど重要ではなかった。でも、「俺はここに居たんだ」という言葉を残すことになってしまった。

エンドルフィンは彼が生きるための麻薬。生きる歓びを感じられる人はなかなか居ない。感じられるのは死にそうな人だけ。エンドルフィンはそういう人にだけ与えられる麻薬。終わりも始まりもない。いつの間にか居なくなっているだけ。エンドルフィンはそういう言葉。

山崎彬(悪い芝居)のお話は荒涼としている。と同時に生の歓びに満ちている。ナマなのだ。血の気が多く、時に吐き気をもよおす。それができるのも元気に生きているから。にしても、今なぜこんなに「生きたい」と望む作品を産み出したのか。モノモースの出発だからなのか。

三人なのに一人。同じ場所から生まれて細胞分裂しても、もとは同じっていう感じなのかなと勝手に考えていた。三人とも似てないのに、一人に見えてくるから舞台ってすごいなと。玉置玲央が叫ぶ時、他の二人も叫んでいるような。不思議な感覚。

「共感できるのは痛みだけ」

治されないまま放置された痛み。わからなくはないのだけれど、共感した痛みはどこいくのか。開始10分でこれから起こるだろうことは想像できたので、その共感した先を知りたかったなと思う。

 

モノモース | monomoos

映画『美しい星』

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STORY

その手で“美しい星・地球”を救えると信じた、とある平凡な“宇宙人一家”の悲喜劇。
“当たらない”お天気キャスターの父・重一郎、野心溢れるフリーターの息子・一雄、美人すぎて周囲まわりから浮いている女子大生の娘・暁子、心の空虚をもて余す主婦の母・伊余子。そんな大杉一家が、ある日突然、火星人、水星人、金星人、地球人として覚醒。“美しい星・地球”を救う使命を託される。ひとたび目覚めた彼らは生き生きと奮闘を重ねるが、やがて世間を巻き込む騒動を引き起こし、それぞれに傷ついていく。なぜ、彼らは目覚めたのか。本当に、目覚めたのか——。
そんな一家の前に一人の男が現れ、地球に救う価値などあるのかと問いかける。 

REVIEW

ここ最近で一番シュールな映画だった。SFにあまり馴染みのない自分としては「星新一のお話みたいな奇妙さに似てるのかな」と思ったんだけど、作者が三島由紀夫だと思い出して考えを撤収させた。原作は当時の社会の問題を複雑に織り込んでいるんだと思う(未読)。それだけに、今回の改変*1は必要だったとして、にしても大きな問題が「地球温暖化」でいいのか。テーマとして古くない?今だからこそ核戦争にリアリティを感じるのではないかな。あらゆる国が太陽を生み出す時代になってしまったんだよ。物語については本を読んでから考えたいなというところ。

ほとんど世界観に豆鉄砲を食らった感はあるが、美しい長女が恋をしてミスコンに出るくだりは滑稽で好きだった。女、何の意味もないのにそういうことするよね。男は戻ってこないのに。そしてそのシーンに出てくる藤原季節くんの広告研究会の男の軽薄演技*2が素晴らしかった。下手(したて)に出ているようで実際は女の子ことを道具としてしか見てない感じ。アドリブっぽい小技も効いていたと思う。

あと今までそんなに意識してなかったけど、リリー・フランキーの色気が無理かもしれない。色気というか、個人的には色気とも思えないんだけど。これ以上は、壇蜜予備軍みたいなお姉さんの怒りを買いそうなので自重。

公開初日のレイトショー。新宿とは言え、亀梨くんファンの外国人女子(アジア系)が多かったのがなんか面白かった。彼女たちにとってはプラネタリウムがトラウマになりそう。

 最後に、若葉竜也くんのクズ役メッチャ好き。

金星

金星

 

 

 

舞台『男水!』

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REVIEW

物語はドラマとほとんど変わりませんでしたね。最後がちょっと増えて(しかし概ね想像通り)、脇にいきがちだった各人のパーソナルな部分が明らかになったくらい。言うなれば水戸黄門的なわかりやすさ。

って思って観に行ったんですけど、2.5次元舞台のスペシャルバージョンというより、2.5次元舞台を異化させているような、不思議な印象で。「キャラクターが現実に!」という肌触りではなく、「役者たちがどうやってキャラクターの中で自分を出していくか」を観るような。目指すべきものが「実写化」ではなかったなと感じでした。言うなれば、「どこまで役者を出してキャラクターを演じられるか」みたいな。原作モノではあるけど漫画原作作品の「忠実感」はなかったと思います。

 

にしても「しゅうへい&たいきとれおの図」が最後まで気持ち悪い。

これ私だけだったら申し訳ないんですけど、篠塚大樹(宮崎秋人)が榊秀平(松田凌)の公式サポーターであるがゆえに、水泳の才能と放って藤川礼央(安西慎太郎)を捨ててしまうの、本当に意味がわからないんですね。三人で泳ぎたいならヘタレ秀平に喝を入れる方が先じゃない?思春期男子意味わからなすぎでしょ。あと、勝ちを意識しないのに水泳部として泳いでいる感じも無理でした。極論、秀平が女の子なら納得です。

 

龍峰高校が最&高

やっぱり龍峰の方がキャラが立ってて、言動に整合性があって、高校生らしさもあって好きだなと。公式Twitterから回ってくる写真も龍峰の方が多くない?彼らを見ていると、テニミュとかにハマる気持ちが分かる気がする。仁科先輩(黒羽麻璃央)が真面目なことを言う間にさらっと「後腐れない女子大生紹介して(あいまい)」って言うのとか、双子がガヤ入れる感じとか、細かいボケも含めて楽しかった。一虎(池岡亮介)が馬鹿なのはもちろん、アドリブでふわっと無茶なこと言ったりするのも面白かったし、なにより仲間内ではしゃぐいけぴーっぽくて嬉しくなった。D以外の同世代の俳優さんと絡んでるイメージなかったんだけど、よかったよかったと母心。

 

原田ダニエル別格説

東ヶ丘でもダニエル(神永圭佑)だけは見てて飽きなかった。特に、一虎VSダニエル、龍峰マネVSダニエルという物語の本筋とは何の関係もない闘いが好き。川崎(廣瀬智紀)に挑んでいく感じも良き。最後はちょっとかっこいい感じになるのはいけ好かないけど、良いやつだから憎めない。サイコパスっぽい言動は『ぼくらが非情の河をくだる時』の詩人を思い出させられた。

 

おねえジャー晴美ちゃんは「いつでも素敵に無敵、強気に本気」

舞台では晴美ちゃんが選手をやめちゃった理由なんかも明かされていて、寧ろ泳がずプールサイドにいるほうが他の選手を目にする機会が多くなるんじゃ、と思ったけどそれは言いませんでした(でも書いてしまいました)。晴美ちゃんはほんと「いつでも素敵に無敵、強気に本気」という言葉が似合うと思う。知らない人は『神風怪盗ジャンヌ*1読んでな…。

同じようなタイミングで川崎がコーチをするようになったきっかけも明かされたけど、こっちは想像通りでノーコメントです。

 

龍峰高校マネージャー役の上村海成くん「かわいい.com」

まずはブログをお読みください。

ameblo.jp

タイトルヤバない???そして本文も最高。

この写真は母達が

「あたし太って見えるから撮り直して」
「この写り微妙だから撮り直して」
「〜撮り直して」
「〜撮り直して」
「〜撮り直して」
「〜撮り直して」

と度重なる撮り直しの末に行き着いた

カメラと息子から大分離れるというとても家族写真とは呼べないような写真です

 皆んなで応援して行きましょう。インスタもなかなかシュールやで。

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おっと最後は全然『男水!』の話ではなくなってしまった。締めとして総論です。

 

公式サイト

dansui-stage.com

音楽には割りとこだわってほしい

広く人気のある演劇の作曲家と言われてぱっと思いついたのは和田俊輔さんかなと思うんですけどどうですか。最高ですよね。いまさら私がプロフィールなどを説明するのはおこがましいので、下記のサイトをご参照ください。

wadasyun.com

私はLILIUMからです。それから音楽が和田さんだとわかると7割型安心する自分がいます。歌ものが作品の世界観を広げていて素晴らしいのはもちろん、どちらかと言うとアンビエントな曲に重心を置いて全体を作り上げているところが本当に好き。

悪い芝居の岡田太郎さんも好き。玉置玲央さんの一人芝居『いまさらキスシーン』の音楽がいまでも忘れられない。あと、ナイトショーで観た『INNOCENT15』も岡田さんが手がけていると知った時は驚きました。

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悪い芝居の『メロメロたち』で舞台上でライブを繰り広げながらお芝居をやっていたのもすこく好みだった。

同じように劇団全体で音楽に力を入れているイメージがあるのは、劇団鹿殺し。『キルミーアゲイン』や『名なしの侍』を観たけど、どちらも生バンドが(特にホーンとドラム)が印象に残っている。

他にも、『絵本合法衢』で佐藤流司が袴を着たままドラムを叩いたり、昨年の『クロードと一緒に』でライブ&朗読で世界を表現していたのも面白かった。サントラCDを買ったものは繰り返し何度も聴いている。

物語や演技や演出と同じくらい音楽に好きの比重を掛けている自分からすると、どうでもいいようなBGM的音楽は本当に受け付けない。ならないほうがマシだし、悲しい場面で短調のピアノ音楽流しとけばいいってもんじゃねえぞと思う。こういうところで演出家さんのセンスを感じるなあというのが最近の考えです。これは演劇に限らず、映画も同じだけど。でも演劇の場合、生バンドだったりするから、お芝居とライブどちらも楽しめて最高じゃないですか。

最近観たものだと下記のような作品が特に良かった。

 

怪獣の教え

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音楽/TWIN TAIL中村達也勝井祐二照井利幸豊田利晃)/演出:豊田利晃

まゆをひそめて、僕を笑って

mayuhiso.xyz

音楽:UNCHAIN/演出:加藤拓也。

春のめざめ

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音楽:降谷建志/演出:白井晃


演劇だけでなく映画やドラマのサントラCDもよく買う方なので、力入れているところグッズに入れてほしい。『春のめざめ』も出してほしかったなと思いながら、『怪獣の教え』のサントラ聴いてます。

以上、音楽には割りとこだわってほしいという話。

舞台『春のめざめ』

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STORY

ドイツの中等教育機関で学ぶ優等生のメルヒオール、友人で劣等生のモーリッツ、幼馴染のヴェントラ。ある日の帰り道、メルヒオールはモーリッツに『子供の作り方』を図解で説明すると約束する。成績のさえなかったモーリッツは、学校での過度な競争にたえられず米国への出奔を企てるものの果たせず、将来を悲観して自殺する。

一方、メルヒオールは半ば強姦のようにヴェントラと関係し、ヴェントラを妊娠させてしまう。自殺したモーリッツの遺品からはメルヒオールのメモが見つかり、ヴェントラとの事も発覚。自殺の原因とされたメルヒオールは親に感化院に入れられてしまい……。

あらすじ|舞台「春のめざめ」公式サイト | 舞台「春のめざめ」公式サイト | 志尊淳、大野いと、栗原類ほか出演

 REVIEW

物語がちょっと難解な気がして原作を読んでから臨んだ。

春のめざめ (岩波文庫)

春のめざめ (岩波文庫)

 

 岩波文庫の本なのに「ヤバイな」というごくごく今に近い言葉で書かれていて驚いてしまった。この舞台の上演にあたって文庫化されたということで、上演台本に近いものになっていると知って合点がいった。読後、学生時代にいくつか読んだドイツ語文学が現実的な題材を扱っていてもどこか幻想的で、不思議なくらい自然に超人的なものが登場してきたことを思い出した。幻想文学が多いこの言葉は、どこか日本語に似ていると思う。個別具体的に説明はできないのだけど。岩波版『春のめざめ』の訳者は本当に細かいこだわりを持っていて翻訳を行ったということが手に取るように分かって素晴らしい。特に、登場人物の名前の由来。カタカナにしてしまった時に失われてしまうその意味を、主要人物以外はきちんと日本語名に反映させている。ぜひ本を読んで確認してほしい。メルヒオールとモーリッツの名前については後述する。

物語について

冒頭、 降谷建志*1の手がけたアンビエントな音楽の中で少年少女たちが乱舞する。

そのワンシーンが今も脳裏に焼き付いて離れない。手にしていた本を空に投げて自由に踊る姿は自由であるのに、その一方でギムナジウムの中だけの箱庭的な歓びと哀しみを見ているような気がしていた。自由と閉塞。このテーマは最後までこの物語の中心にある。知りたいという欲求を押さえられない子供たちは、様々な知識・感覚・痛みを知っていくことで大人になっていく。大人たちは誰もがその瞬間を経験してきたはずなのに、知りたいという子どもたちの欲求を目の前にすると、閉口してしまう。

さて、モラルのことだが、ふたつの偉大な想像の産物とは義務と欲求だ。そこから生み出されたのがモラル。現実に存在することは否定できない。

F.ヴェデキント作 酒寄進一訳『春のめざめ』P.131 L4 第3幕 第七場

モラル(=倫理)を語るには義務と欲求について考えなくてはならない。大人たちは子どもたちにモラルを語るには、彼らの欲求に答えることが重要である。ヴェデキントは100年以上も前に、この作品でそのことを示した。抑圧は教育には程遠い。叶えられない欲求は過ちを生む。この悲劇はこの過ちがもととなっている。

一方で、喜劇のような感触もある。モーリッツが死んで、メルヒオールを罪に問う大人たちは滑稽で、また、モーリッツの死に方も生徒たちの間で二転三転してく様子もよく考えればおかしい。でも一番は大事なクライマックスを担う重要なキャラクターが蘇った首なしモーリッツと謎の紳士であること。今までの展開が現実的であったからこそ、この最後の展開には喜劇的要素を感じざるをえない。新たにモラルが問い直され、様々なことを学んで再び社会に戻っていくメルヒオールが、それまでの世界を嘲笑っているようにも感じる場面だった。

名前の話をすると、訳者の酒寄さん曰くメルヒオールはヘブライ語で「光の君」。モーリッツは中世にもっぱら黒人として描かれた聖マウリチウスからきて、ギリシア語のマウロス(黒)に由来を持つ。光と闇。白と黒。その対比がメルヒオールとモーリッツ。メルヒオールはモラルを手に入れ、モーリッツはそれに触れることもできなかった。ほとんど変わりなかった少年たちが別の道を歩んでいくことを暗示しているようだ。光が存在するには闇が必要なのだと知らしめている。

この作品を観て「神は罪深い」と言った友人の言葉がずっと頭の中を巡っている。神に対する罪は誰が下した罪なのだろうか。メルヒオールとモーリッツの罪を神は赦さないのだろうか。それらは全くわからないし、子どもが大人になるまでには斯くも重要なステップを踏む必要があったなんて知らなかった。

キャラクターについて

チケット運が良く最前列のど真ん中で観劇したので、役者たちの様々な表情や演技を見ることができた。メルヒオールを演じた志尊淳はDステの『TRUMP』以来のストプレだったが、映像に多く出ていることもあり演技が大きくなりすぎず、「14歳の少年」という曖昧なキャラクターを演じていたと思う。幼さと美しさ。脆弱さと強さ。それらを総てを持っていながらも、上手く扱いきれないでいる。そんな不器用さも透けて見えた。情が深いようで、途中からヴェントラを「あの子」としか呼ばなくなったメルヒオールの、与える愛を知らない無垢さがヒリヒリする。『春のめざめ』がミュージカルとして上演される時は、概ねメルヒオールとヴェントラは想い合っているように表現されるらしいが、原作に準じるとそれは一時の過ちであることが強調されている。それもあってメルヒオールというキャラクターを擁護したいという気持ちはあまり生まれなかった。ただ成長している彼を応援したいと思うような、そういう感覚だった。

栗原類が演じるモーリッツは愚かでありながら純粋で、浅はかでありながら愛おしく、不思議な気持ちになった。子ども特有の突拍子もなさや思い込みのしやすさを感じて、まさに思春期の少年という風。

大野いとが演じるヴェントラは、一番思慮深いのにも関わらず周りの人々、環境の所為で思わず狂わされていく様子が観ていて本当に苦しかった。あれほどまで世界の理解を求めたのに、誰も彼女を理解しようとしていない様にさえ思える。ヴェントラにもまだ愛を与えることも与えることもできないのだろう。

その他、少ない人数であの世界を表現した役者たちは皆良かったと思う。

演出について

最前の席の床より舞台が一段低くなっていて、舞台上はアクリル板で囲まれている。役者は舞台や客席の間を走り回り、壁を叩き、白を塗りつけ、電灯を手に動き回る。感覚的な演出が多く、役者の身体もセットの一部のように表現される。そして、人々の喧騒や心の動きを表現するような音楽。『春のめざめ』を読んでこの世界観を想像する演出家の白井さんはやはりすごい人だなと思った。大体一年ほど前に『夢の劇』を同じくKAATで観た時には感じられなかった世界と自分の合致を感じた。テーマや表現されるキャラクターにもよるだろうが、こんなに総てがフィットした空間を生み出すことのできる人に羨望の念まで抱いてしまう。一方で、悲痛や哀しみをもその世界に落としてなお違和感を感じさせない。むしろそれを望んでしまう。そんな理想を表現することの素晴らしさを実感した。

人間のナイーブな部分、曖昧な感覚、到底受け入れられない感情、浅はかな意図などを表現する人々はやはり美しいと噛み締めた作品だった。

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KAAT神奈川芸術劇場『春のめざめ』05/05-23神奈川芸術劇場・大スタジオ |

観劇予報 : 志尊淳・大野いと・栗原類が思春期の葛藤を描く! 白井晃演出『春のめざめ』KAATで開幕!

*1:窪塚洋介と共演する『アーリーキャット』も楽しみ。映画『アリーキャット』公式サイト

推しごとの話

推しのお仕事が発表された。

natalie.mu

応援してる人が格さんになる世界ってめちゃくちゃ面白いし、連ドラレギュラーですごいんだけど、なんていうか完全に解釈違いですね。推しとお仕事の解釈違いって割りと致命的じゃないかなと思う。素直にかっこいいと言わせない…つよい…全く手強いぜ…。一体どうなるのが一番彼にとって嬉しいことなのかが読めないのもつらい。ブログ書かなくてもいいから、せめてツイッターで公演の報告と「Twice👍」以外のことをつぶやいてくれ。

 

ひとまず所感を書き留めておきます。

映画『夜空はいつでも最高密度の青色だ』

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STORY

看護師として病院に勤務する美香(石橋静河)は女子寮で一人暮らし。日々患者の死に囲まれる仕事 と折り合いをつけながら、夜、街を自転車で駆け抜け向かうのはガールズバーのアルバイト。作り笑いとため息。美香の孤独と虚しさは簡単に埋まるものではない。
建設現場で日雇いとして働く慎二(池松壮亮)は古いアパートで一人暮らし。左目がほとんど見えない。年上の同僚・智之(松田龍平)や中年の岩下(田中哲司)、出稼ぎフィリピン人のアンドレス(ポー ル・マグサリン)と、何となくいつも一緒にいるが、漠然とした不安が慎二の胸から消えることはない。
ある日、慎二は智之たちと入ったガールズバーで、美香と出会った。美香から電話番号を聞き出そう とする智之。無意味な言葉を喋り続ける慎二。作り笑いの美香。 店を出た美香は、深夜の渋谷の雑踏の中で、歩いて帰る慎二を見つける。
「東京には1,000万人も人がいるのに、どうでもいい奇跡だね」。
路地裏のビルの隙間から見える青白い月。
「嫌な予感がするよ」。「わかる」。
二人の顔を照らす青く暗い光。
建設現場。突然智之が倒れ、そのまま帰らぬ人となった。葬儀場で二人は再会する。言葉にできない感情に黙る慎二と、沈黙に耐えられず喋り続ける美香。「俺にできることがあれば何でも言ってくれ」と慎二が言うと、美香は「死ねばいいのに」と悲しそうな顔をした。 過酷な労働を続ける慎二は、ある日建設現場で怪我をする。治療で病院に行くと、看護師として働く美香がいた。「また会えないか」と慎二が言うと、美香は「まぁ、メールアドレスだけなら教えてもいいけど」と答える。
夜、慎二は空を見上げる。
「携帯、9,700円。ガス代、3,261円。電気、2,386円。家賃 65,000円、シリア、テロリズム
食費 25,000円、ガールズバー 18,000円、震災、トモユキが死んだ、イラクで56人死んだ、
薬害エイズ訴訟、制汗スプレー 750円、安保法案、少子高齢化......、会いたい」
新宿。二人は歩く。
「ねぇ、なんであの時、私達笑ったんだろう、お通夜の後」「分からない」
「ねぇ、 放射能ってどれぐらい漏れてると思う」「知らない」
「ねぇ、恋愛すると人間が凡庸になるって本当かな」「知らない」
不器用でぶっきらぼうな二人は、近づいては離れていく。

『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』 5/13(土)新宿ピカデリー・ユーロスペースにて先行 5/27(土)全国公開!!

REVIEW

詩集を映画にするってどういうことだと思ったけど、リトルモアだしこのキャスティングだしなかなか良いんじゃないのって思ってみたら、最高の中二病映画だった。エンディング曲はThe Mirrazの「NEW WORLD」というエモさ。

池松くんの作品ってあんまりちゃんと観たことなかったんだけど、こんな俳優さんだったんだね。でも今回の役はちょっと突拍子もないというか、アスペっぽい感じがある不安定なところがいつもと違って良き。松田龍平とのやり取りもなんかこう感慨深いものがあって。リトルモアの映画といえばユーロスペースですよねっていうところもあって。話はそれるけど、原田芳雄さんを偲ぶ『ナイン・ソウルズ』舞台挨拶で観た、松田龍平は忘れないだろうな。で、そんな彼が飄々とした役をまたやっててそれもまた良き。全然内容とは関係ないけど、日雇い労働者がアイコス使ってるのは違和感ありすぎだろって思った。

全体としては「死」と「愛」の話だったので、こころが汚い.comな私は「中二病だな」と思ったけど、反面その純粋さが羨ましかった。人を好きになって他人に影響されたり影響を与えたり、そういう生きていれば当たり前のことに自分は遠ざかっているので。これは自分が一番で生きてしまうことの弊害かな。

結論、この作品は誰が何かを考えるよりも、その人個人の見方に総てが左右されるのでとにかく観てくれとしか言えない。あと、基本全部の台詞が「キラーワード」。そりゃそうだよ詩の言葉だもん。ヒリヒリする感情と言葉に出会いたい方はぜひ。

余談

同日、東京都写真美術館にも行ってきた(日記)。

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