DD過ぎて中身が薄い

映画や舞台の感想書いたり、推しが大好きと叫んだり。

スプリング・フィーバー





【あらすじ】
現代の中国・南京。女性教師リン・シュエ(ジャン・ジャーチー)は、夫ワン・ピン(ウー・ウェイ)の浮気を疑っている。リンに調査を依頼された探偵ルオ・ハイタオ(チェン・スーチョン)は、その相手がジャン・チョン(チン・ハオ)という青年であることを突き止める。リンとワンの夫婦関係は破綻し、ワンとジャンの関係も冷え込んでいく。一方、ジャンとルオは惹かれあっていった。ジャンとルオと、ルオの恋人リー・ジン(タン・ジュオ)という奇妙な関係の3人は、宿遷へ旅に出る。



去年ミレニアムを渋谷で二本立て続けに観た時予告でかかってて、更にもう会えないかもしれない美容師さんにオススメされた映画。観てる途中からひりひりするの。とっても。人間の自由を求めて、わがままで、自分勝手な部分が溢れているんだけど、そうしていても誰一人幸せを真に感じることが出来ないというもどかしさ。こんな関係の中で誰かに完全に依存したらやっぱり死が待っている訳で、それを唯一分かっている人間としてジョン・チョンはああいう風に描かれている。それまでにもいろんなことがあって、これで表現している愛よりも深く大き愛があったかもしれないし、これからあるのかもしれない。そこでジョンは「女には敵わない」という諦めが常にある。彼自身女に振り回されるつもりなど毛頭ないのだけれど、彼の関係にはいつも女が登場して総てを奪っていく。最後に多分女装するゲイとくっつくのも印象的だった。彼自身“女性”に対する憧れも欲求もないのに、“男性”を愛することが許されない、許されない訳じゃなくても愛することがそれはそれはとんでもなく辛い。だからというかなんというか女の格好をした男に落ち着くというのはなんかもう切ないなぁ!それにしても女の人って狡いのね。妻というだけで愛されていないことを放り投げて、権利まで主張して。あるいは急にいなくなったりして男を不安にさせて。リー・ジンの工場長に対する気持ちと恋人に対する気持ち、そしてジョンに対する気持ちが全部同じ虚無的なものに見える。結局誰のことも愛してなんかいない。あーだめだ。どうしてもジョンに感情移入してしまう。受け入れるしかないことが、選択できないことが苦しい。不倫の罪、愛した人の死、女の存在、再びの終わり、それら総てを黙って受け入れることしか出来ないそのことに息がつまりそうになる。この映画の性描写もそうだけど、ジョンや他の人のやるせなさや強烈な愛情が画面からむせかえるような匂いのようなものを私に伝えてくる、そんな映画でした。ちゃんちゃん。


私はやっぱり音楽が気になってしまうようです。





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