Zu々プロデュース公演『Yè -夜-』

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STORY

中国の地方都市。その寂れた裏路地に毎夜のように一人立ち、出会う客に身体を与える事で日々の糧を得ている水仙(スイシェン)。いつものように過ごす《夜》だったはずが、一人の青年と一人の少女との出会いが、その《夜》を変えていく。ゲイの自分に後ろめたさを感じながら水仙と《夜》の深い世界に溺れていく青年・夜来香(イエライシャン)。娼婦として水仙と同じショバに立つことに決めた薔薇(チアンウェイ)。

その出会いから紡がれる“自分を否定し、誰ともつながれない若者たちが、それでも、つながりを求めて生きようとする中で自分を見つめ直していく”物語。自分の気持ちに素直になれない、恋に臆病な若者たちに訪れる結末は・・・

Yé -夜- 公式サイト 

REVIEW

前回のZu々プロデュース公演『Being at home with Claude~クロードと一緒に~』の終了後、概要が発表された時から気になっていた今作。いつの間にかプレミアムチケットになっていて、チケット取りには苦戦したけど一公演だけ入ることができた。だから正直、期待値はかなり高かった。ありきたりだったらどうしようと思った。でもそんなのは杞憂で、自分が想像していた内容をいろんな角度から裏切った驚きと新鮮さがあった。

物語について

原作である中国映画『夜』(2014年)は、周豪:Zhou Hao監督が大学在学中に、脚本・監督・編集、主演を果たしたインディペンデント作品。なら国際映画祭では最高賞であるゴールデンSHIKA賞、中国独立映画祭:新人賞、ジュネーブ国際独立映画祭 批評家賞と多数の国際映画祭で高い評価を受けた注目作。

2014年のリアルを描いた映像作品が原作となっているだけあって、例えて言うなら『クロードと一緒に*1』にあったドラマチックな台詞や展開は少ない。だからこそ、その全てではないにしても、自らも理解のできる親しい他者の話として「真に受ける」ことができる物語だと感じた。よくよく考えたら笑ってしまうような台詞や行動も、当事者意識が邪魔をしてなかなか笑えなかったのではないかと思う。

愛の物語というよりも、水仙(北村諒)、夜来香(松村龍之介)、薔薇(平田 裕香)、刺(谷口賢志)を通して中国のマイノリティの人々について考えさせる、社会的な物語という印象が強く残った。「同性を愛する」というテーマをもって物語はそれだけでドラマチックにとらえられやすいが、今作は夢見る物語になりすぎず、ブラックジョーク的に自嘲的な笑いを混じえていたように感じた。抗ったとしても「平凡で残酷な世界」を生きなくてはならない哀しさ、そして一歩踏み外せば深い絶望に繋がってしまいそうな不安定さが作品全体の空気感としてある。個人的にはここが物語一番の魅力だと思った。話は脱線するけれど、こういう空気感はロウ・イエ監督の『スプリング・フィーバー*2』の中でも表現されていた。おすすめです。

また、舞台上での役者の演技は「一糸まとわぬ」とはこのことかと思った。中途半端にやらないという気持ちが根底にあっての演技はやはり身に迫る。それを前にして途端に観客は彼らの熱と、朦朧とした意識に包まれ、彼らがそこで生きていることを実感した。

 

キャラクターとキャストについて

ナルシストの語源のナルキッソス水仙の花。 だから水仙はも自己愛が強くて、自分自身を受け入れて愛しているものだと想像していた。北村諒が演じた水仙は、想像通りとてもプライドが高く、だがしかし一方でとても弱かった。おそらくあのままあの場所に立って仕事を続けていたら、不安定な自分自身に殺されていたのじゃないかと思う。自分を認めたいのに、周りには強く見せてはいるのに、肝心の自分が一番自分を拒んでいる。愛したいのに愛せない。全てを受け入れようとする夜来香に対して素直になれないのは、自分が自分を受け入れられないから。クライマックスで本当の意味で水仙と夜来香が向き合って、自分たちが鏡であったことに気がついた時に、一気に水仙の弱さが露呈する。彼を受け入れようとする夜来香に対して「(心/懐に)入ってくんなよ」と叫んだ姿は彼そのもの。彼も決して自分の生きたい道だけを真っ直ぐに歩んでいた訳ではない。偽りながら相反する二つの人間を生きてきた。その抑圧が夜来香によって解き放たれた時に、この話のカタルシスがあった。

松村龍之介の夜来香には、愛する人を受け入れたいと真っ直ぐに生きる姿が魅力と、その今やっと自覚し確認した気持ちの幼さを持っていて、愛らしかった。全部預けるには不安だけど、最後まで一緒に歩いていくことはできるかなと思うこの感じ。ラストシーンで水仙が眠る夜来香に寄り添うのがまさに。初めのうち、夜来香は自分の存在をどう認めればいいのか思い悩んでいるようだったし、実際にそうではあったんだけど、逃げてしまっていた水仙よりは何倍も自分に向き合っていた。「これからどう生きるか」の問いにちゃんと答えを出していた。結局それが水仙を救うことができた理由なんじゃないかと思う。

水仙と仕事を同じくする薔薇は、一見社交的でポジティブな人物のように見えるが実は「人と繋がれない」と言う。だから一人でいるのだと。この仕事をするのだと。この感覚は水仙が持つものと同じような気がする。だからこそ久しぶりに会った姉弟のように過度に分かり合おうとはせず屈託のないやり取りができる。とても魅力的な人物だった。

谷口賢志が演じる刺は、ある意味一番の被害者だ。水仙や薔薇のように「普通」というものに疑問を持ってその社会から一歩踏み出した人たちと、夜来香や刺のように「普通」を生きようとしている人たち。どちらが偽る部分が多いか考えてみればすぐに分かる。普通に働いて、普通に結婚して、家庭を作って、でもそれが本当に望んだものでなかったら、どうして自分を保てるだろう。感情の糸が切れ、その場所にはいない誰かや何かを恨んで叫んだ刺に向かって、「俺たちは先輩の奥さんじゃありません」と言った。どんな理由であれ今の生き方に限界を感じている刺を夜来香が切って捨てることはないんじゃないかと思って少し違和感を感じたが、それが夜来香の未熟さなのだろうか。一方の刺は夜来香を自分に親しい人だと思っていた節があるし、少なくとも他の人より信頼していたはず。犯した罪は大きいけれど、信頼していた相手に突き放される刺が切なかった。

 

私自身この物語の中の誰にも憧れることがなかった。

それほどまでに皆んな未熟で青臭くてみっともなかった。

でも私はそんな彼らのことを愛している。

 

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