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寒いから前後不覚

日記

「〇〇の話をします」から始まるのってなんかとてつもなくダサくて頭悪そうなんじゃないかって思えてきました。そんな今日は信条の話をします。

高校の頃、いわゆる欧米のエモ*1を齧ってたので目の周りは一周アイラインで墨を引かれてて、服も真っ黒で、多分それなりに異様だったと思います。あまりにもクソ田舎なんで、そんな顔しても人とすれ違う回数が少ないのが救いでした。それ以前から、なんだか自分の良しとするものが歪なことには気がついていたけど、なぜグロテスクで気味が悪いものに惹かれたのか、いかんせんそれを言語化できなかった。そんな時に読んだのがこの本。

ゴシックスピリット

ゴシックスピリット

 

この中でゴシック的なものを愛する人たちの嗜好性を下記のように表現していた。

物心ついた頃から怪奇なもの怖いもの暗がりにあるものが気になって仕方なかった。夜とか墓場とかお化けとか怪談とか、そうした想像が興味の大半を占めていた。

集団生活と共同作業が苦手だった。幸い今のところ徴兵制はないからよいが軍隊に入れられたら耐えられないだろうとよく考える。

平穏が続くというのが信じられない。いつも死のイメージばかり考えていた。

死は膜一枚で隔てられているだけと思っていた。今もそう思っている。

ダークな感じ、陰惨なもの、残酷な物語・絵・写真を好む。

ホラーノヴェルもホラー映画も好きだ。

時代遅れと言われても耽美主義である。いつもサイボーグを夢見ている。肉体の束縛を超えたい。
両性具有、天使、悪魔、等、多くは西洋由来の神秘なイメージを愛する。

金もないのに贅沢好み。少女趣味。猟奇趣味。廃墟好き。退廃趣味。だが逆の無垢なものにも惹かれる。

情緒でもたれあう関係を嫌う。はにかみのない意識を嫌う。顔を合わせれば愚痴を言い合い、ハードルをより低くして何でも共有してしまおうとする関係を見るたび、決して加わりたくないと思えてしまう。自らの個の脆弱さは身に滲みて知っているつもりだが、だからこそ、最初から最低レヴェルで弱さを見せ合い嘆き合おうという志の低さが気に入らない。

欲望そのものはよいとしても野卑で凡庸な欲望の発露を厭う。主に性に関する場合が多いのだが、「不倫」だの「結婚願望」だの「恋の駆け引き」だのといった予断に満ちた語は性の形をひたすらありきたりに陰影なく規格化していて腹立たしい。いくらでも異様な発露を見せうるはずのことを常に決まりきった形で安く語る言葉が嫌悪されてならない。

自信満々の人が厭だ。弱者だからと居直る人も厭だ。「それが当たり前なんだから皆に合わせておけ」と言われると怒る。はじめから正統とされているものにはなんとなく疑いを感じる。現状の制度というのが決定的な場面では自分の味方でないように思える。いつも孤立無援の気がする。

気弱のくせに高慢。社会にあるどんな役割も自分には相応しくない気がする。

毎朝、起きると、また自分だ、と厭になる。自分ではないものに変身したい。それは夜に生きる魔物であればよい。

そこに善悪は問題でない。美しく残酷なこと。きりきりと鋭く、眠るように甘いもの。ときにパンク、ときにシュルレアリスティック、またときに崇高な、暗い魅惑に輝くそれがゴシックの世界であると私は信じている。

引用が長い、というのはひとまずおいておいて、私は昔から自分自身に価値はないと思っていた。心が萎えれば萎えるほど、生きていると感じられたし、そういう感覚を味わうためにわざと人々が嫌悪するものを知ろうとし、見ようとした。不当な扱いを受けても、それは自分自身が本当はこの世界と適していないのだと思えば仕方ないと諦められたし、どうも言い分が理解できない時には、頭の良し悪しに限らず、この人とは作りが違うから分かりあえないのだと考えた。だからこそ異種としてなるべく理解し合いたいと思うし、相手にもそれを望んでいる。人間は基本分かりあえないのだから、絶えまぬ努力が必要なのだ。そう思っている。他人に過度な期待をしない。世界を変えたいなんて途方もない夢は見ない。基本は苦しみながら、その中で至上の喜びを見つけながら生きていくことに価値を感じる。

というような自分の信条を一行ぐらいでまとめて話したい。

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ゴシックハート (立東舎文庫)

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