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映画『無垢の祈り』

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STORY

学校で陰湿ないじめを受ける10歳の少女フミ。家に帰っても、日常化した義父の虐待が日を追うごとに酷くなり安息の時間もない。母親は、夫の暴力から精神の逃げ場をつくるべく、新興宗教にいっそうのめり込んでいく。誰も助けてくれない――フミは永遠に続く絶望の中で生きている。
そんなある日、自分の住む町の界隈で起こる連続殺人事件を知ったフミは、殺害現場を巡る小さな旅を始める。そしてフミは「ある人」に向けて、メッセージを残した――。

『無垢の祈り』 - 上映 | UPLINK

REVIEW

 原作を読んだの大学生の時だったと思う。あまりに悲惨な少女の境遇と、少女が求める救いようのない「救い」に絶望したと同時に、激しく感情を揺さぶられて正直戸惑った。作者の平山夢明はホラー作家だし、残酷な描写や不快な表現が好きで書いている人なのだからということから生まれた、残酷さを描くための「少女」というはじめの印象から、数十ページしかない短編を読み終わる頃には、残酷さも「少女」を語る1つの装置でしかないというように感じていた。不思議だった。

独白するユニバーサル横メルカトル (光文社文庫)

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『無垢の祈り』の映画化の話が出て、制作され、あまりの描写に公開が危ぶまれていると知った時、少しだけ安堵していた。あの物語が大勢に受け入れられるとは到底思えなかったし、生半可な映像化では認めたくないという思いもあった。でも、公開ができない期間中、漏れ伝わってくる評判はどれも「すごい」という言葉で締めくくられ、制作した人たちの熱をひしひしと感じた。後から知ったけれど、監督である亀井亨さんの自主映画に近い作品らしい。

小説の映像化にそこまで期待はしていない。少なくとも、元の良さを消さないようにしてくれれば有難いという程度。アウトプットが変わるのだから、手触りが変わるのは仕方ないし、それが上手い方に働いてくれればと思う。そういう点でも、『無垢の祈り』は期待を超えてきた。

基本的な筋はもちろん原作通り。学校では虐められ、母親の再婚相手には虐待を受け、世の中に絶望する少女が、総てを消し去る圧倒的な力を持っていると感じた猟奇殺人者に「救い」を求める物語。会ったことも、話したこともない、一般的には凶悪な犯罪者を自分の世界を変える光だと錯覚してしまうのは、幼いからか。妄信的なのは母親譲りかもしれない。

映画になったことで、いくつか印象が変わったところと、映像的なトリックとして追加されたところがあった。まず、印象というところで言えば、少女が救いを求めた殺人鬼については小説の中ではほとんど描写されないので、各個人でどんな人間か異なるキャラクターイメージを持っていたと思う。かく言う私は、初老の老人くらいのキャラクターだと思っていた。あとは、様々な配慮で義父からの性的虐待シーンは薄気味悪い操り人形で表現された。差し替えというと、リアリティが失われるのではと思う人もいるかもしれないが、むしろ少女が操り人形に寄っていっているように思えて違和感がなかった代わりに、一層気持ちが悪く感じられた。

それと、映画として追加された部分。ここから先はぜひとも映画を観てから読んでほしい。映画が始まり、頭に白いリボンを付けていると思ったら、実はそれは大きなガーゼで、少女が頭を怪我していることが分かる。あわせて、左目には眼帯をして、とぼとぼと灰色の街を歩いている。するとそこに現れたおじさんが少女に「いたずら」をする。それが終わると、ベンチに座った少女は、頭のガーゼを取って血の匂いを嗅ぐ。場面が変わると、少女には頭のガーゼも眼帯もなく、痣だらけではあるがそれ以外に異常は見られない。また、別の場面では、自転車を走らせ行き着いた工場の中に少女はつなぎを着た左目に眼帯をした女を見つける。ラジオからは2015年のニュースが流れ、死刑囚の死刑執行を伝えている。つなぎの女は少女を見ると手を振り、目の前にかけられた紐に首を通そうとする。それは何気ないけれど、確かに不可解なシーン。なにかシンクロするものを感じながら物語は進んでいく。そして最後のシーン、虐待する養父に抵抗した少女が養父に右目を潰されるところまで来てハッとする。ところどころ挿入されていた、ガーゼと眼帯も、眼帯の女も、この壮絶な養父との戦いの後のことだったのだと観客は暗に知らされてしまう。

少女が救いを求めた殺人鬼は、少女を義父から守ってくれる。これは原作通り。ただ、小説ではここで終わっているので、その後の少女について何も語られない。読者は、殺人鬼との楽しい毎日なのか、そのまま殺人鬼に殺されてしまうのか想像するしかない。今回は映画版として1つの答えを提示していた。少女は殺人鬼に「殺して」と懇願する。泣きわめき、地団駄を踏んで縋る。けれど、殺人鬼にそのそぶりは見られず、少女の祈りを一身に受け止めるだけ。ではそのあとは?おそらく、彼女は母親の元に返され、殺人鬼は捕まってしまう。少女は絶望の世界から抜け出すことは出来ず、救いだった人にも会うことができない。無下に過ぎていく日々。生きる意味も死ぬ意味も見つからない。そして、眼帯の女は死刑執行のニュースを聴いて紐に首をかけた。

脚本の魅力もさることながら、役者たちも演技とは思えぬリアリティで圧倒された。少女を演じた福田美姫ちゃんのラストシーンでの慟哭はもう本当やばくて、目を潰されたところで「あー痛い」と叫ぶんだけど、つまり「アイタイ」って叫んでるということかと思ったら涙が止まらなかった。あんだけ精神的にも肉体的にもやられまくる役だから、トラウマとか心配って思ったけど、案外撮影現場ではうるさいほど元気だったと聞いて安心した。スターダストの有望株。

義父役のBBゴローさんはお笑い芸人さんということで、監督曰く「人間の模写をしてる人は演技が上手い」と言っていたのがよくわかるような狂気を孕んだキチガイを演じていた。マジで怖い。アフタートークイベントがなかったらあのイメージが頭にこびりついていたと思う。

原作を読んだ時点で『無垢の祈り』はラブストーリーだと思っていたけど、映画では徹底的に少女にフォーカスされていて、幼児虐待とか生死観を問いかけるような作品だった。そこに自分の知っている救いはなかった。

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出演:福田美姫、BBゴロー、下村愛、サコイ、綾乃テン、奈良聡美、YOSHIHIRO、幸将司、高井理江、シゲル、三木くるみ、河嶋遥伽

脚本:亀井亨

撮影:中尾正

音楽:野中“まさ”雄一

美術:松塚隆史

録音:甲斐田哲也

音響効果:丹愛

撮影助手:坂元啓二

助監督:芦塚慎太郎

制作担当:内田亮一 

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