美しい身体と汚い感情がみたい ~2016秋~

タイトルの~2016秋~は適当。なくてもなんら問題ないです。

ところで、柿喰う客の『無差別』観ました。

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今、中屋敷法仁さんの戯曲をいろいろ必死に漁ってるところで、もちろん『無差別』も好きでした。この作品について、どこかのインタビューで「狙いすぎた」と中屋敷さんは言っていましたが、それほどに精魂込めて作ったという意味で捉えてます。だって目の前にあるものを掴もうとして結果として力むのは当然だもの。

神話のような、戦争もののような、寓話的なお話。凝った造りでいて、頭を使わずに感じ入れるのはやはりすごいな、脚本家の腕だなと。あと、少なくとも日本人という共通項でつながっている人たちの間で共有し合える「物語」が今もどこかにあるんだなということを強く感じた。穢れの浄化のこととか、神の生まれ方とか。だからこそ、この寓話があり得る話として没入することができる。無茶苦茶なのに、まっとうな筋が通っているように思える。古事記がどれだけトンチキであるかはひとまずおいておいてください。

これが素敵な戯曲であることは確かなんだけど、それよりなにより魅力的な劇団だなということを感じた。柿喰う客の役者は皆、自分の身体と感情をフルに使って物語を人を動物を神を表現していた。そこでふと思ったんですけど、自分が今まで見たかったのは、そしてこれからも見たいのは、「若手俳優」ではなくて、「美しい身体」だったのかもしれないということ。

言わずもがな「美しい身体」の中に「若手俳優」は含まれていて、「若手俳優」という切り口で世界を見た方が、私が求める「美しい身体」に出会いやすいと無意識に思っていたから、今こうしてオタクしているわけで。じゃあなんで改めてここで「美しい身体」に原点回帰したかというと、柿の女優さんたちの身体が美しいのなんのって。スタイルがいいとかではなく(良いけども)、自らの筋肉や関節、腱の可動域を十分に理解して繰り出された動きがもう言葉で言い表せないほどしなやかで、「やっぱこれだな」って思った。私、「美しい身体」が見たいです。

あとは、その「美しい身体」から罵詈雑言、下ネタ、猥語が飛び出たり、どろどろした感情がわき上がったりするのがすごく良い。多分、美から生まれる醜を望むことへの背徳感を感じた瞬間に脳内でエンドルフィンがドバーーーっと製造されてるんだと思う。

ということで『無差別』の感想も満足に書けないままこれを強制終了させようと思う。今はただ眠い。