度が過ぎたら多分マゾヒスト

以下、最近借りて来たDVDの中にあった『ギャングスタ―・ナンバー1』がめちゃくちゃ面白かったっていう話です。

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物語は、もういい歳のイギリスのギャングスターと、彼がかつて憧れ嫉妬した男との昔話なんですけど、これがなんていうか切ない。切ないと一瞬で思う人いれば、永遠そう思わない人もいると思う。でも、私は圧倒的に前者だった。

ゴロツキをやっていた青年のギャングスターはフレディ・メイズという美しい暗黒街の貴公子と出会い、「フレディ・メイズのようなナンバー1の男」になろうと自分の一生を心に決める。けれど、所詮が他人。フレディを欺き、彼より金を稼いで、安定した地位を手に入れても、フレディのようにはなれない。「どうして、なぜなんだ」と何度考えたことかと慮ることはできても、そこは描かれないので想像に過ぎないというところがなんとも美しい。フレディを愛し、憎み、認めてほしかった。そんなギャングスタ―の声にならない声が、その狂気の表情や、残忍な言動に薄く透ける。ああ、どうしてこんなに愛されたいと望む人が悉く愛を知らないのか。そして誰も教えてあげないのか。なぜ私がこんなにも嘆いているのか。

ナンバー1になりたいとは言うけれど、ナンバー1になって得たものの中に必要なものはなく、そうしているうちに本当に必要としているものに気が付いてしまう。それはただ一人フレディ・メイズ。彼の美しさと冷酷さを独り占めにしていたかった。でもそれが叶わないなら、彼に殺してほしい。そう望んだのに、それさえも叶わなかった。可哀想なギャングスター。何に対してもサディスティックだったのは、それ以上に強度のあるものを求めていたんだと思うし、それなら結構なマゾヒストだなと思う。

そこまで考えて、『殺し屋1』の垣原という男のことを思い出した。

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私にゴア耐性があるのは三池崇史のおかげなんですけど、中でもとりわけ血生臭いのが『殺し屋1』。ただ、そのゴア描写よりも浅野忠信演じるヤクザの垣原の真性のマゾさに感動したことの方が強く覚えている。今まで自分を虐めていた親分が殺し屋に殺されて、フラストレーションが溜まりすぎて「殺し屋ならなんとかしてくれるかも」ってことで、その殺し屋を追いかけるという切羽詰まり具合。でも、殺し屋の居場所を突き止める為にいろんな人を拷問するシーンが映画の大部分で、そこを見てたらまさかこいつがマゾだなんて誰も思わない。究極過ぎて好きだなってなっちゃった。

こういう人間が存在するかもと思ってしまうと、基本的な人間の前提さえ最初から疑い始めちゃうので、映画や小説を読んで驚くこともなくなってるけど、今回の『ギャングスタ―・ナンバー1』みたいに、結局同じ貉って思うのは嫌いじゃない。むしろ好き。現にこうやってブログまで書いてる。だからみんなに見てほしいんだ。若かりし頃のデヴィッド・シューリスもめちゃくちゃセックシーだよ。

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