好きなもの語りについて

「いま一番何に(誰に)ハマっているの?」と聞かれると、誰に聞かれているかで答えが変わる。その時点で一番を答えられない自分が生まれる矛盾に毎回ぶち当たる。

自分にはオフで会って話す若手俳優オタクの友達がいない。極論、自分よりこの界隈を知っている友人がいない。つまり、自分が一番詳しいということになる。そうなると、前述の質問をされたときに、自分が一番興味を持って好きなものについて、話している相手が知っているかどうかということから考えないといけない。これはまあオタク属性の人は大体そうだと思う。そのときに、「説明すればわかるものを答える」「わからなくても一番を答える」のどちらかを選択する。一番良いのはみんなが知って要るものを好きなとき。例えば「EXILEグループにハマってるんだ」と答えれば、誰にでも納得がいく。本当に楽だった。ただ、本体じゃなくて三大目やジェネレーションズの方が好きと言うか否かは悩ましい問題だったけど。

つまり、自分にとって「好きなもの」についてリアルで話すことは割と難易度の高いことなのだ。だからブログやSNSに壁打ちを続けていると言っても過言ではない。

それでも、目の前の人と好きなものについて話したい。一番じゃないけど妥協してでもいいから話したい。もしくは、布教するつもりで話したい、そんなことがある。もうそうなるとそれは「一番」好きかどうかはわからないし、「好きなもの」であることは確かなのでまあいいかと思っている自分がいる。それに、「一番」は流動的で自分でもあまり把握していない。だからそのときの「一番好き」と「推し」として答えるものは確実に違う。「推し」という言葉が出現するときってオタクの間だけだと思う。自分にとって「推し」は、聞かれたときのために用意してある「本籍」みたいなもので、流れ者のサガというか、あると落ち着く。「推し」に対する熱量はぬるいし低い。そのときの「一番」が1000㎉だとすると、「推し」は100㎉くらい。心情的に永く「応援し続けていたい」という対象が「推し」。そうなってくると「推し」について語ることは、自分自身の健やかなオタクライフの一番安定させたい部分について話すことであり、老後の計画を話すようなものであり、多分、いや絶対面白くない。よって、「舞台俳優(推し)応援スタンス」は書かない。なぜなら自分もみんなもつまらないから。

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というようなことを上記のエントリーを読んでいて考えた。基本的にはリア恋脳ではないけど、もし付き合いたいと思うとしたら、それはそのときに「一番」好きな人だと思う。だって熱量が高いから。何でも知りたいし、何でも応えてあげたいという気持ちになる。でもそれって「応援したい」というより全くもって自分本位な気持ちに起因していて、「お金を使いたい」に近い。あくまでこれは自分にとってだけど。

結局自分は「推し」という概念と言葉をあまりうまく使えないので、「すきなもの」という括りでしか話ができないし、書けないということです。おわり。