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舞台『イヌの日』

演劇

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STORY

高校を卒業後、進学も就職もせずに悪友たちと遊び暮らす広瀬幸司。
ある夏の始め、仲間の1人である中津正行からある仕事を頼まれる。
それは、中津が留守にする間、「ある人たち」の面倒を見てくれというものだった。
大金に釣られ安請け合いした広瀬だが、その「ある人たち」とは恐るべき状況下にある者たちだった…。

http://inunohi.wixsite.com/2016

 REVIEW

観劇のきっかけは柿喰う客の玉置玲央さんでした。昨年の残酷歌劇『ライチ☆光クラブ』から『夢の劇』『いまさらキスシーン』『フランダースの負け犬』と観てきて、毎回彼の新たな魅力に出会っている。と感じる。そしてまた今回も出会ってしまった。

ゴジゲンという劇団も、『イヌの日』という作品も私の身近なところにあったわけじゃない。むしろ、いわゆる「若手俳優」が好きというところから観劇体験が始まって、こうして下北沢のスズナリという「小劇場」にもやってくるようになった。ちなみにスズナリは二回目。前回は月刊根本宗子『忍者、女子高生(仮)』だった。話は脱線するけど、なぜかスズナリの作品二回とも名物(?)笑い上戸おじさんに出会ってしまって、つくづく私はついてないなと思う。

話を戻す。『イヌの日』=「dogs days」は夏の一番暑い時期、日本語で言う「盛夏」という意味ということを観劇後パンフレットを読んで知った。夏の暑い日。息苦しくて身動きが取れなくなりそうな感覚。もともと窮屈で閉鎖的な空間であるあの劇場はあるうだつの上がらない青年の住まいであり、防空壕だった。

観客が自分を投射する対象として舞台上に立っていたのは広瀬(玉置玲央)。彼はつるんでいる仲間うちで最も暴力的な中津(尾上寛之)に防空壕に閉じ込めた菊沢(青柳文子)、洋介(大窪人衛)、孝之(目次立樹)、柴(川村紗也)の面倒を見るように言われる。中津は同級生だった菊沢らを15年間その防空壕に閉じ込めているという。「10年くらい閉じ込めておいたらどうなるんだろうと思って」という中津の言葉や行動を理解できない広瀬は、防空壕の中と外を行き来していく中で、防空壕の中の彼らを外に出そうと思うようになる。一方の菊沢たちは外の世界は荒廃が進んでいてもう何もないと聞かされ、唯一の楽園が防空壕だと信じている。信じていた。いや、そう信じていたかった。起きてしまった出来事を悲劇だと認めないように、生きるために必死に自分自身に暗示をかける菊沢たちを目の当たりにして、広瀬は自らの言葉だけの偽善の正義が現実の恐ろしさの前にはあまりに無力であることを知って涙を流す。

広瀬は自分自身をまともな人間だと思っている。そして最も正しい判断ができる人間だとも思っている。この人物に自分自身を投射できる観客が多いことが事実だとすれば、広瀬は突飛なところのないごくごく一般的な人物なのだろう。そんな普通の人がこの『イヌの日』という物語の中でどんなことができただろうか。菊沢たち防空壕の中の人たちを外に出すこともできず、中津とも縁を切ることができず、ただ涙を流すばかり。実際に異様な状況の中に身を投じた時に、私たち凡人にできることなど何もない。そのことを体現していた。良くも悪くも広瀬は自分たちを取り巻く状況を変えることなどできない。それはまるで生きることへのエネルギー量の違いに起因している。中津も菊沢も洋介も孝之も柴も、宮本(本折最強さとし)でさえも「こういう生き方をしたい」という意思があった。それが、生きるエネルギーだった。でも、広瀬はそれを持っていなかった。最終的に誰かに責任を押し付けられるような歩み方しかしてこなかったのではないかとさえ思えた。いやでも、それが人間の大多数なのかもしれない。自分自身を悲観したら生きていられなくなる。生きたいから、生きるために生きる。そういう盲目的な生き方ができるがむしゃらな人たちに、自分を客観視しながら生きている人間は敵わない。

クレジットでは中津役の尾上寛之さんが上に来ていたけど、実質の主役は広瀬だった。尾上さんと玲央さんは『ライチ☆光クラブ』でニコとタミヤだったんだよなあと観る前には思っていたけど、始まってしまえば別の話。中津と広瀬の力関係が絶妙だった。仲間内でのリーダー格が中津で、たまり場として家を提供したり、時々パシリのようなことをさせられるけれど、絶対的な被害者にはさせられない広瀬。それこそ学生時代には、不良っぽい中津の仲間であるという矜持が広瀬にはあったのかもしれないけれど、大人になってしまえばそんなものただの足枷でしかない。付き合いをやめたくてもやめられない。でも、人のことを非難できるほど自分自身も上等な生き方をしていないという引け目も広瀬の中にはあるんだと思う。結局最後、自分がしたことが正しかったのかわからないまま、それでも後悔してしまう。そういう欝々とした部分を心に隠しながら、「普通」に振る舞う広瀬を演じる玉置玲央という俳優にまた惹かれてしまった。正直、玲央さんは2.5次元ではないけれどキャラクターの強い役を演じる姿しか見ていなかったし、そういう極端なキャラクターの玲央さんが自分も好きなんだと思っていたけど、普通に玉置玲央という俳優が好きだったようだ。広瀬という役、柿の舞台のアフタートークで出会う玲央さんに近いなと思った。それがナチュラルというものなんだと思うけど。突っ込み側なんだな。たぶん。もっと、(場数的に)感情を露わにする演技を見たい。

中津は最後まで掴めない人だった。主演が2000年、再演が2006年で再演の時には中津のパーソナリティーを掘るような内容だったらしいとパンフレットに書いてあったけど、今回は初演に近い脚本だったということで、中津についてはあえてわからない人のままにしたかったんだろう。クラスの中でどちらかというと不良に近かった中津が暗くいじめられていた菊沢を好きになって、閉じ込めておきたいという衝動を抑えきれずに15年間。深く描かれていなかったけれど、菊沢が望んだら中津は何でもしていたんだと思う。それでも中津は菊沢とセックスしなかった。15年間一度も。「自分がいなくては菊沢は生きていけない」という状況を作りたかったとも考えられるし、キムギドクの映画『悪い男』のように愛する人を底辺まで落としてそれを愛だと言いたかったのかもしれない。中津はフランケンシュタイン博士なのか、もしくは博士によって作られ自らがあまりに醜く孤独であることを嘆いて自分に似た伴侶を作らせようとした怪物なのか。でも、もっと悲しいのは実はそんなに執着がないまま長い年月だけ経ってしまって、それが自分の本当に好きだったものなのか分らなくなって、自分が作り上げたモンスターなのに愛することができないと気付いてしまうことなのかもしれない。

菊沢をはじめとする防空壕の中の人たちの適応力と生きる力は、純粋無垢な子供のままだからこそ保たれるものなんだろう。すべてが生きるためにということにつながっているというか、行動すべてが生きることそのもの。特に人衛大窪さん演じる洋介にところどころ目を奪われた。中津の同級生で、純粋に「菊沢が好き」と言っていたころの中津を知っている洋介。洋介はそのころの中津を忘れたくないんだろうし、15年間その存在を信じていた。だからこそ、防空壕の中でも生きていけたんだと思う。事前に大窪人衛さんがイキウメの人だってことは知っていたけど、初めて見て彼の他の演技も見てみたいと思っているので、絶対見に行きます。

宮本はチュンファという名前の通り、在日の役柄で外の世界では大小いろんな差別をされてきて、唯一それから解放されたのが防空壕の中だったんだと思う。あの防空壕の中では生きることだけ考えていれば良いのだから。あとは、どうすればより良く楽しく生きられるか、それだけが重要だった。彼にとっても唯一の場所を中津たちに利用されることだけはしたくなかったからあの最後になった。

そして、明夫。ゴジゲンの主宰の松居大悟さんが演じていたのだけど、この明夫、私は中津よりも嫌い。中津は意思を持っていろんなことをしてきて、そのせいで後悔もしている。と思う。でも、明夫は違う。ただ面白がっているだけ。そういう人間のずるさが表れているキャラクター。憎むべきキャラクターといえるのかもしれない。でも、結局はそれが人間なのだと思わざるを得なかった。

うまくまとまらないけど、観終ってみるとあの防空壕が消失した宇宙船のように思えてSFのような手触りが残った。あまり見たくはない悪夢のような作品。出会えてよかった。

 

作:長塚圭史

演出:松居大悟

出演:尾上寛之 玉置玲央 青柳文子 大窪人衛 目次立樹 川村紗也 菊池明明 松居大悟 本折最強さとし 村上 航 加藤 葵 一色絢巳

『イヌの日』公式サイト http://inunohi.wixsite.com/2016