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柿喰う客『フランダースの負け犬』

演劇

柿喰う客フェスティバルで『フランダースの負け犬』を観てきました!

前回は玉置玲央さんの一人芝居『いまさらキスシーン』だったわけで、ようやく「いやーこれぞ劇団の作品」という一体感と、でもしかし今年新加入したメンバーの良い意味でのチグハグ感を感じられた堪らなく最高な作品でした。

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物語は、きちんと説明すると面倒くさいし、そんなもの説明する必要がない気がするのでざっくりと。士官学校を卒業し、いつかは自分も素晴らしい将軍にと鍛錬に励むヒュンケル(牧田哲也)とその仲間バラック(田中穂先)、ベルニウス(永島敬三)、クレーゼル(大村わたる)。そしてその上官のクルック(玉置玲央)、ベーム(加藤ひろたか)、ビューロウ(中屋敷法仁)。そして情報担当参謀のヘンチュ(板橋駿谷)。第一次世界大戦下のドイツ若き軍人たちの生き様とは、みたいな感じかな。話の筋的にはシンプルだし、世界が裏返るようなこともないけど、何より馬鹿だとばかり思っていたバラックのあらゆる出来事における存在の大きさと、どこまでも利己的で浅はかな人間の業のようなものを二列目ドセンターという最高のロケーションで一心に感じてもう泣いた。あの王子劇場の小さな空間で、ぐわっと拡大された世界を観てしまったよ。どうしよう。

ヒュンケルは最後まで軍人として正しくあろうとしたからこそ、自分自身の心の中の矛盾に苦しんだのだと思う。もっともっと人間的に柔軟に生きることができたら、まずあのクライマックスに立ち会わなかったはず。争いの真っただ中では、それぞれの正義がそれぞれの心の中にあって、それに向き合う以外ないのに、バラックの前でしか自分の個人の決断ができなかったように見えた。最初はあんなに「友達」であることを拒んでいたバラックが唯一の友達だとわかった時にはもう遅かった。そうはうまくいかないんだよな。物語はそういうものです。牧田さんは、たぶん『ラストゲーム』と『Equal』で観たくらいかな。どちらかというと映像の人って感じの演技をする人だから、柿喰う客に入ったと知ったとき結構驚いたけど、今日のアフタートークで演出家の中屋敷さんが「いい意味で劇団のテンポを壊してくれる人」と言っていて、そういう考え方もあるなと思った。正直、「すんなり」と見えていた訳ではないので、それが恣意的であったならそういう見方をした方が楽しめたんじゃないかと思う。『Equal』でも感じたけど、いわゆる男前だから素っ頓狂な役柄とかボケをかますというのが似合うんじゃないかと思うので、中屋敷さんと同意見です。(何様)

バラックは、というかこのバラックという役と田中穂先さんという役者さんが驚くほど相性が良くて最高だった。新メンバーだけど、いろんなところでいろんなことをやってきた人なんだろうなあと素人ながらに思います。なんというか全体的に柔軟性がすごい。何言ってるんだろうと思われるかもだけど、10の力で押したら15の力を吸い取られそうな力がありそう。それくらい得体のしれないパワーを感じた。それはバラックも同じで、バラックバラックなりに今できることを精一杯やる人物で、ともすれば時間を無駄にしている馬鹿だと周りには思われてしまいがちだけど、彼にとってはそれが例えば医務室の看護婦さんに会うために訓練をさぼることでも、十分だった。ヒュンケルが誘って自分自身を鍛え始めるのも、それがその時のベストの決断だと思ったからで、決して国のためとかではなかったと思うんだよね。それが自分のためじゃなくて誰かの何かのためだったら、最後は後悔していたと思うし。そんなバラックすごい好き。そして穂先さんすごい好き。

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ベルニウスは合いの手の名人かと思った。というか途中まではすっかり調子合わせの人だとばかり思っていたのに、ほんと裏切られた。周りの空気を読んで対応する能力の高い人ほど、周囲が混乱状態にある時に一番影響を受けやすいわけで、カチッと歯車が狂ったその時に彼の近くに友達が一人もいないのは本当につらかった。

レーゼルを嫌いな人っているかな?いないよね?思想はわかり合えなくても、困った時には助け合うってどんだけ男前なのクレーゼル。でもそういう心の優しさが軍人としては死につながったんだと思う。世知辛いな。時代のせいだ。あとクレーゼルを演じた大村さんのパトラッシュに対する想像力には感動さえした。

ベームとヘンチュは、ドイツ人の役ではあるんだけど戦国時代にもこういう登場人物いたよなって考えた途端、このドイツでの話わりと戦国時代篇できそうだなって思った。というか、こういう武士たちの話ならままありそうだよな。

そして、クルックとビューロウ!この二人を対にして考えている人の感想を事前に読んでいて「果たしていかに」と思いながら観てたんだけど、確かにこの二人の話でもあるよなって。それにはおそらく、自分が玉置玲央贔屓というか注目して見ちゃうからという理由もあるかもしれないけど、なんにしてもクルックとビューロウのわかり合えなさが苦しかった。背景は語られてないけど、クルックとビューロウは士官学校でも一緒で、ずっと比較されながらライバルとして生きてきたんだと思う。それでいて、仲間でもあった。この仲間であるということを大切にしたかったのがビューロウ。判断力があって、リーダーとしての能力は高いけれど時に盲目的になりがちなクルックを暗に心配していくビューロウのいじらしさ。そしてそれを中屋敷さんと玉置さんが演じている奇蹟。ちょっと本当にみなさん観てください。

 

ここからちょっと脱線するけど、今回の『フランダースの負け犬』を観て、本気で「玉置玲央になりたい人生だった」と感じてしまったのです。演劇をやっているわけでも、それ以外の表現活動をやっているわけでもないけど、中学・高校と憧れて目指すべきと思っていたのはいつもがむしゃらに生きている人たちで、ずっとそれを目標にしてきたはずなのに、いつからか忘れてしまっていた。昔はもっと演じることができていた。こんな生身の状態で愚かにも他人にぶつかっていくことなんてなかった。こんなに自信のない自分のことを自認しているのに、本当に何やってたんだろうと思う。なりたい自分にならなきゃいけない。いつだってそうしようと思ってきたのに。というように、舞台の上で生きる役者を見て、自分の気持ち悪い癖だったり、コンプレックスだったりが湧いてきて安易に鬱になってしまった。それほどまでに玉置玲央は美しかった。見た目も所作もそうだけど、それ以上に役が憑依している姿が美しかった。それを見せつけられて本当に悔しかった。今まで私は何をしてきたのだと自分を恥じた。これを今の今まで繰り返している。ちょっとやそっとの好きじゃないなと思う。なりたい。身軽に美しく演じたい。ただそう思った。こんなことを書いている自分も総じて恥ずかしいので終わります。

 

そうだ寝る前に『無差別』観よう。だって明日は月曜日だし。

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