DD過ぎて中身が薄い

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映画『ディストラクション・ベイビーズ』

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STORY

愛媛県のこぢんまりとした港町・三津浜の造船所に2人で生活している芦原泰良(柳楽優弥)と弟の将太(村上虹郎)。けんかばかりしている泰良はある日突然三津浜を後にし、松山の中心街で相手を見つけてはけんかを吹っ掛けていく。そんな彼に興味を抱いた北原裕也(菅田将暉)が近づき、通行人に無差別に暴行を働いた彼らは、奪った車に乗り合わせていた少女・那奈小松菜奈)と一緒に松山市外へ向かい……。

映画『ディストラクション・ベイビーズ』 - シネマトゥデイ 

 

REVIEW

この映画を観る前にある本を読んでいた。 

殺人者たちの午後 (新潮文庫)

殺人者たちの午後 (新潮文庫)

 

 

死刑制度のないイギリスで殺人事件を犯した終身刑受刑者たちを取材した告白録。この中で自分の話をする人はみんな殺人者。人を殺すに至った経緯にはそれぞれの理由があって、ただそのどれも共感しわかり合うことはできない。でも、それが当たり前だと思う。わかり合えないなら、そういう人たちの心の動きを知って何になると思われるかもしれない。でも果たして、完全に理解できる他人の物語なんてあるんだろうか。そんなものを探すよりも、他人の物語を他人の物語として受け入れて自分を顧みたとき、同じ感情を抱いているのか、それとも全く別の気持ちなのか、それが大切だと信じてる。

 

こんなリアルを私は知らないけど、きっと誰かの本当の世界なのだと思った。私は泰良にも裕也にも、那奈にもなり得ない。それは環境のせいかもしれないし、性格のせいかもしれない。でも、世の中には泰良のように感情を吐き出すことに生きている実感を感じる人もいて、裕也のように目の前に見える空虚な栄光を必死で追いかけてしまう人もいる。そして、那奈のように自分の中の本性を引きずりだしてしまう人もいる。そういう彼らが存在するのは当然なのだけど、この世界がそうであっても一般的には平穏に機能するのは、互いが互いを補っているからだと思う。けれど、この作品の中ではどの人物の心も通じ合わなければ助け合うこともないまま、終わっていく。将太を除く登場人物たちに人恋しさを感じられない。みんな個で生きている感じがする。暴力はひとつの装置だけど、もはやその熱や荒々しさよりも根本的な他人への無関心から感じられる冷たさがただただ苦しかった。それは誰も救ってやることができないという無力感から生まれた気持ちなのかもしれない。共感はできない。自分だったら暴力を受け入れるだけだと思う。それでも、どうにかしてやりたかったと将太のように思うんだろう。