監獄一の暴れ者、香月(安藤政信)が雑居房で有吉(松田龍平)に首を絞められて死亡する。彼は全面的に自分の罪を認めていたが、警部(石橋蓮司)と警部補(遠藤憲一)は事件の捜査を開始。偶然同じ日に殺人の罪で入所した2人の少年について聞き込みをするうちに、獄中で起きた奇妙な殺人事件の謎が深まっていき……。
◉物語の大筋
上記のあらすじでも大体の内容は分かる。でも、この記事を読んだだけの人にもそれなりに伝わるようにしたいから最後のところまで大筋を書いておく。そんなことに意味があるか分からないけれども。
監獄一の暴れ者、香月(安藤政信)が雑居房で有吉(松田龍平)に首を絞められて死亡する。彼は全面的に自分の罪を認めていたが、警部(石橋蓮司)と警部補(遠藤憲一)は事件の捜査を開始。偶然同じ日に殺人の罪で入所した2人の少年について聞き込みをするうちに、獄中で起きた奇妙な殺人事件の謎が深まっていった。
有吉は服役前ゲイバーで働いていた。12月24日、店の常連の四十代男性にホテルに連れ込まれ、そこで性的暴行を受け逆上して殺害。ただ、その被害者の遺体の損傷があまりにも酷かったため正当防衛と片付けられるものとは認めがたいとされた。
一方の香月はこれまで何度も犯罪を犯し、刑務所に送られていた。性格は凶暴で、切れると見境なく人を殴りつける香月は彼と関わった人間すべてから恨まれ、殺したいと思われている。実は今回収容された刑務所の所長である高津(石橋凌)の妻をレイプし、その妻はそれを苦に自殺するという事件も起こしていることも分かってきた。
そんな中、唯一心を通わせたのが有吉だった。香月は有吉にだけ暴力を振わないことはもちろん、有吉が他の受刑者からいじめられていると助けるという行動を取っていた。そんなことから香月と有吉はデキていると誰もが思っていた。しかし、実際は二人は一度もセックスすることなく、けれど香月には常にアンコ(女役を指す隠語)がいるという噂が絶えなかった。結局自供の通り、有吉がそのことで香月を恨み殺害したのではないかと思われた。
そんな時、事件が一変する出来事が起きる。ある特待生(渋川清彦)が自殺を図ったのだ。奇跡的に一命を取り留めたその男は土屋誠といい、香月を殺したことを告白した。彼が香月を殺そうとしたのは、返り討ちに合って殺されたかったからだという。しかし、香月は彼に反撃することなく、むしろ彼を助けて死んだ。これが事件のすべてであった。
◉登場人物
有吉淳(松田龍平)
- ゲイバーで働いていた
- 客の男からレイプされたことに逆上し殺害
- 香月史郎のことが気になる
- 香月とデキていると思われる
- 女とも男とも関係を持ったことがある
- 女は「別に、好きでも嫌いでも」
- 男は「ヤると大抵吐き気がする」
香月史郎(安藤政信)
- 服役経験は何度もある
- 少なくとも婦女暴行、殺人
- 所長の妻をレイプ、その後妻は自殺
- スラムのようなところで生まれ育つ
- 子供の頃から万引きなどの犯罪を繰り返す
- ジャムパンばかり盗む
- 親は無関心(ネグレクト)
雪村澄男(窪塚俊介)
- 有吉と同じ洗濯班
- 刑務所内で身体を売って暮らしている
- 医務課の仕事をしている特待生の土屋からは薬と引き換えに身体を貸していた
- 執着する土屋に「香月とヤッた」と嘘を吐く
土屋誠(渋川清彦)
- 特待生
- 医務課の仕事をしている
- 妻の浮気現場に出くわし、その場で妻を殺して服役
- 刑務所内では雪村に執着する
- 愛する人を想うと生まれる自分の中の黒い感情に嫌気がさし死のうとするが出来ず、香月に殺されようと考える
◉戦士の記憶
物語の冒頭、少年が勇ましい青年に導かれ大人になる様子が映し出される。この青年は男性の性を象徴する戦士であり、少年の憧れる存在としてそこにいる。この少年は誰なのか。有吉が強力な力を持つ香月に惹かれていくところから考えれば、少年=有吉と考えるのが妥当である。ただ、あまりにもファンタジーな世界観で表現されているため、一概に有吉であるとも言えないというか、現実で起こったことではなく、有吉の脳内の理想世界が表現されているのではとさえ思えてくる。
老人―
日が暮れたら浜に行きなさい。そこで彼が待っている。
戦士は右腕を伸ばし、ゆっくりと動作を始める。
胸を上下させながら老人の言葉を聞く少年。
老人―
今夜お前は男になる儀式をせねばならない。彼のように力強い男となるための。
お前は浜に着いたら海で身を清める。それから先にどうすればよいかは、彼が教えてくれる。
白の中に居る戦士の顔。
赤の中でたたずむ少年。
少年のもとに一匹の青く鮮やかな蝶が飛んでいく。
踊り狂っていた戦士は力尽きて倒れ込む。
赤の背景。その中にたたずむ少年。
老人―
彼はやがて、お前の喉をめがけ男の性を放つ。我々は大昔からそうして大人の男になってきた。勇ましい力を伝え受け継いできた。
大体こんな感じが少年と戦士との記憶である。 この時代に生きている人の経験してきたこととは思えない、不思議な記憶。果たして嘘か本当か定かではないが、少なくともこの記憶のために有吉が香月に他にはない魅力を感じていることは間違いない。
Q.なぜ有吉は殺人を犯したのか?
有吉はクリスマスイブの夜、ゲイバーの客の男を殺害する。「男はヤると大抵吐き気がする」という言葉から、今までも男に抱かれ嫌悪感を感じたことがあるのになぜ殺したのか。この時、この人というのはおそらく偶然。有吉は男性という性に惹かれ、真に求める人を探していたのだということは、上記の記憶から想像に難くない。そうして探し求める中で男を殺すまで至ったのは、どれだけ探し回ってもあの時の戦士を重ねることのできる強さを見つけることが出来ず、絶望したことが原因ではないか。そして、探すと同時に彼はずっと見つけてほしかった。
閉じ込められてる。
気がついたら、閉じ込められてた。
有吉はそれまでの自分の状況を上記のように語る。もうここまでくると、有吉は自分で作った世界と現実の世界の区別がつかなくなっているのではないかとさえ思えてくる。
Q.香月史郎はどんな人間だったのか?
香月史郎という人間は自分の欲求に忠実で、それによって今まで数々の犯罪を犯してきた。そして刑務所に入った後も、暴力によって周りを抑えつけることをやめなかった。罪の大小に関わらず、自分の思ったようにするというのが彼の生き方で、唯一できることだった。
そんな香月が弱さ(恐怖心)を見せたのは、有吉と出会い、そして高津所長に再会した時。高津は有吉と香月に説く。
君たちはまだ若い。出直そうとさえすれば、いくらでも出直すことが出来る。もちろん、過去を失くしてしまうことは出来ない。犯した過ちをなかったことには出来ない。がしかし、何故そう出来ないか、わかりますか?
もう過ぎ去ってしまったことだから。だからどうとも出来ないんです。罪は過ぎ去ってしまった。似たような罪をまた犯すことは出来ても、全く同じ罪を犯すことは出来ない。君たちは新しい時を過ごすしかない。いずれにしても、少し違う罪を犯すように時を過ごすか、正しく社会の一員として生きていくよう時を過ごすか、あるいはいずれでもない過ごし方をするか。私は君たちが正しく社会の一員として出直せるよう願っていますよ。
その呪詛のような言葉は香月を動揺させた。香月史郎という人間は、身体だけ大きくとも中身は虐待されていた頃のまま、幼いまま。自分のしてきたことが善なのか悪なのか考えることすらなかった。そして、自分が幸せなのか、不幸なのかということも考えてこなかった。考えられなかった、もしくは考える必要がなかったと言うこともできるだろう。
Q.なぜ香月は有吉に触れないのか?
先述した通り、有吉は今まで夢見ていた強さに出会えたという想いで、香月のことを特別に感じていたというように考えられる。もちろん、すべてを捧げるという意味で香月になら抱かれても良いとさえ思っただろう。けれど香月は出会った時から死ぬまで、一度も有吉と関係を持たなかった。それは何故か。自分に抑圧的に接することも、媚びへつらうこともない有吉の純粋な羨望の念を感じ取って、自分の保護下に置き、穢さないようにしたのだと考えることも出来る。けれどそこに決定的な決め手はありません。ただ、明らかに他の人との接し方とは違っていた。むしろ香月は「この存在は大切にしよう」と意識的に有吉を遠くに置いた。自分の無いものを持っている、補完しあえる存在、「ベターハーフ(方割れ)」のように思っていた。お互いがお互いを特別なものとして思っていく中で、有吉はその存在を「同一化したい」と望み、香月は「別存在」であることに意味を感じていた。有吉を自分の穢れで汚すことは出来ない、自分のように狂わせてはいけないと思っていた。だから、関係を持たないようにしていたのだろう。
Q.なぜ香月は死んだのか?
香月が空を見上げる描写が何度か出てくる。それは一つの癖のような動作。子供の頃から様々な過ちを犯してきた香月はことあるごとに空を見た。これは推測でしかないが、その空にはいつも「虹」がかかっていた。
有吉は香月の死の原因を「三重の虹」と答える。
香月は生まれてから死ぬまで、少しずつ死の澱を積もらせていた。これは自己の根本に関わる生命を脅かす歪み。重ねてはいけないと思うのに、どうすることもできない。もう駄目かもしれないと思ったその時に香月の目の前に現れるのが「虹」だった。創世記の中で虹は神が「肉なるものを全て滅ぼすことは決してない」という徴として存在している。つまり「あなたを決して滅ぼさない」という徴なのだ。感覚的に、香月はその虹を自分の罪の赦しととらえていた。だから、今まではどんなことをしようとも、自分の命を絶つ必要があると感じていなかった。けれど彼の前に「三重の虹」が現れた時、自分の愚かさと、誤りにはっきりと気がついてしまった。赦されるはずの無いその身を知ってしまった。そんな時、有吉がマリア様のように香月を抱きしめる。そして初めて香月は有吉に力を振るい、方割れの魂と同化することを拒んだ。もう、有吉のそばにはいられないと死を望んだ。
◉転生し続ける二つの魂
死んでしまった香月を見詰めながら、有吉は問いかける。
そっちのほうが良かったんだ?宇宙より?
僕がやってあげたのに。そんなに死にたかったんなら。
(終わった?)
そのくらいやらせてよ。
(死んだら終わった?)
そんなことまで他の奴にやらせなくたって。
有吉は香月のすべてを手に入れたかったし、すべてを捧げたかった。だから、香月に死を与えるのも自分だと思っていた。
あそこで虹が出なかったら
僕が抱きしめなかったら
どうなってた?
そんな有吉の声は香月には届かない。でも有吉が問いかけたそれらは死ぬためのきっかけでしかない。「(天国は)ありゃあるし、なきゃない」という香月の言葉。それをもう一度呟いて、「終わるか、逢えるか」と次に想いを馳せる。それはまさに転生し続ける二つの魂が過ごしてきた、気の遠くなる年月を想像させるよう。性別、時代、生物の種、様々なものを越えてこの二つの魂は出会いと別れを繰り返してきた。それは、魂が同一化しなかったから繰り返してきた転生であり、永遠に続く孤独を意味している。きっと二人はまた出会える。でも、次もまた一つになることはない。ただ出会って、別れるだけがこの二つの魂の運命なのだ。
◉最後に
「 一番好きな映画はなに?」と聞かれたら、「世界で一番好きな映画」として答えるのがこの作品。何度か感想というか、思ったことを纏めようと思ったこともるのだけれど、いつも中座してしまう。(例:ムビマグ: 46億年の恋)なのに何故今これを書きたかったのか。それは舞台を見るようになって、「誰かが何かに残しておかないと思い出されることが容易ではない素晴らしいもの」の存在と価値をすごく意識するようになったから。そして、さらに松田凌という役者が好きな映画として名前を上げていて、その彼が昨年主演した舞台『Being at home with Claude -クロードと一緒に-』という作品*1に挑むにあたって何かしらの影響を与えてるんじゃないかと邪推したから。以上、そういう繋がりを感じたい系のオタクがお届けしました。
スタッフ
監督: 三池崇史
原作: 正木亜都
製作: 関雅彦 / 八木ヶ谷昭次 / 高森真士
脚本: NAKA雅MURA
音楽: 遠藤浩二
撮影: 金子正人
照明: 松隈信一
録音: 柳屋文彦
美術: 佐々木尚
衣装: 北村道子
編集: 島村泰司
キャスト
松田龍平
安藤政信
窪塚俊介
渋川清彦
遠藤憲一
金森穣
石橋蓮司
石橋凌
*1:残念ながら観てはいない。できるものなら観たい。