「事務所が~」とかいう人に対して共感できなくなってきた

12/25付けでD-BOYSから山口賢貴橋本汰斗が抜けて、賢貴さんは芸能界から離れるというニュースが発表された。「うん、そうか」と思うのと、「もう気にもかけさせてくれないのか」という寂しさがあるけど、趣味は常に楽しくあるべきという信条をもってるから、それ以上に何かを考えることが私の趣味の範疇を越えると思うのでやめた。

 とは言いながら、このニュースの後にDボに推しがいる人たちの反応を見ていたのだけど、事実を受け入れつつも、事務所批判というようなものが多かった気がする。批判の中身を簡単に言えば、「事務所がDボ全員を推す気があれば」とか「事務所が増やすだけ増やしてそのまま放っておくなんてひどい」とかそんな感じだけど、それを「そんなことない!」と否定する気はさらない。寧ろそれが事務所(会社)として普通だろうと思う。「若めの俳優」という漠然としたオーダーがテレビ番組、映画、舞台の制作者側からあったら、事務所として「今」出しても後悔ない人を出すだけだろうし、結局会社は会社が存続していくことを常に考えなくてはいけないのだから、制作者の要望には誠実に応えるべきだと思うから。そのことを差し引いて考えて事務所を批判するのはずるいというか、意味もなく感情的というか。それに「事務所が~」とか言う人の中には、「事務所は俳優たちに仕事をあてがうべき」というような考え方が根本にあるようで、それに対してはかなり嫌悪感がある。そんな環境でなんとなく仕事をしている、努力もへったくれもない人たちのことを私は愛せるのかわからない。

 このインタビューを読んでほしい。

話は綺麗に成形されているはずだけど、この話を今推されている志尊淳がしているということ、そしてなんでこんなことを考えているのかということを考えると、なかなかに『若手俳優』そして『D-BOYS』は大変なのだなと思う。でも、自覚していない人よりも、言葉と環境でしっかり意識している人の方が、最終的な到着地点に後悔はなくなるという点において、幸せじゃないだろうか。

 最初、スクールの説明会に行った時、とても印象に残っているのが「芸能界は9割コネクションです」という言葉でした。その時は「これから芸能界を目指す人に『9割コネ』と言ってしまうのがすごくおもしろいな」と単純に思ったんですけど、今はその言葉の意味が分かる気がします。

大きな会社だからなのか、流行り廃りの激しいお笑い芸人もいる会社だからなのか、この言葉は会社からの優しさだと思う。初めに会社がこう言っているのだから構成員は須らく従うべき。そして、それに合わない人が去るべき。だから、「事務所が~」とかいう人に対して共感できないなとつくづく思う。

 

 余談だけどEXILEのSHOKICHIのこのエピソードが好き。

中学の頃からバンドを組んで活動し、自ら作詞、作曲を手がけるSHOKICHIのソロ活動はHIROに自ら作成した企画書を提出することからスタートした。
EXILE TRIBEの中でそんな行動に出たのはSHOKICHIのみ。
「HIROさんは爆笑していましたね。当初から“ピアノで曲を作って作詞、作曲もやれるシンガーになりたいんです”という夢や目標を手紙に書いて渡していたんです」と語っていた。チャンスは自らの手で掴む男なのである。 

 これだからLDHきっての熱い男を私達は愛さずにはいられないんだ。結局初めにプレゼンしてからソロまで何年もかかったらしいしね。スタートもオーディションに落ちたところから始まっているし、歌の面で「一推し」であったことはないはずだけど、そんなのは別として会社に利益をもたらさんと一生懸命になる人のことは、応援するのが人の性。それが出来たから彼の今がある。(THE SECONDの初ツアーおめでとう!)

 

 書きたいことは書いた。長々書いたけど、結局言いたいのは「趣味は常に楽しくあるべき」ということ。「なぜ」と答えの出ない不満を持つより、理屈的に肯定する方がオタクは幸せである。