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劇団鹿殺し『竹林の人々』

今年の夏に上演された舞台。知ったきっかけは、2016年の1月にある劇団鹿殺し活動15周年記念公演の『キルミーアゲイン』のニュース。もともと、この劇団のことを知っていた訳でもなければ、出演する鳥越裕貴や小澤亮太のファンでもなかった。ただ、ひとえにこのPVが私のツボだった。

 

告白する。私は性根がサブカル糞野郎だ。だから、どれだけミーハーなことをつまみ食いしていようと、私を絞った残滓はエログロナンセンス、アングラ、玄人趣味だけなはずなので、感覚的にメインカルチャーの良し悪しは分からないし、結局惹かれるものはこういう日本経済を回せそうにない「趣味」の類。まぁそんなことはどうでもいい。

 

物語は主人公の梅竹が自らの環境の閉塞感と、兄・松竹や自分より優れた人々に対して感じる劣等感を「イヌ」として具現化し、「イヌ」との戦いと喪失を描く。自分より、頭も顔も良い兄。その兄ばかりを愛する両親。初恋の相手を奪った学校一の人気者。梅竹が劣等感に苛まれる時、「イヌ」の存在を強く感じ、そうでない時は存在すらも忘れ去る。「自分がこの世界で最も可哀想だ」と感じること。その時の自分勝手で都合のよい思考を舞台の上で表現していたのは流石だった。

 

この物語に強く共感できるか否かっていうのは、自分の家族との関係と兄弟の如何、また物事を相対評価で考えるかっていうことに関わってくるので、そういう意味ではいまひとつ。でも、舞台芸術の圧倒的なリアリティの表現がこの作品の中にあった。役者も舞台セットも、音楽も、演出も総てがそこにあるべきものがある感じがした。こういう統一感はやっぱり大事だなと思う。どうしてここにこの人がいて、なぜここにこれが置いてあって、だからこそこの音楽が流れる、というような妥当性。本当に生々しくて、泥臭くて、美しい作品だった。