不良(ヤンキー)映画を3タイプに分析!私的『ホットロード』の違和感解明

※画像はイメージです

先日『ホットロード』を見た感想を書きましたが、あの映画に感じた違和感の原因と、そもそも「不良(ヤンキー)映画」って何というところを解明していきたいと思います。

まず、今回「不良(うヤンキー)映画」を以下の3つに分類しました。

①校内ナンバーワンを目指せ!タイプ
②学校なんてクソ食らえ!タイプ

どうしようもないぐらいダサいネーミングセンスですね、すみません。とにかく、皆さんも知っているような作品(2000年代作品中心)を上げながらこの3つのタイプを掘り下げていきたいと思います。


①校内ナンバーワンを目指せ!タイプ

まず①ですが、名前のまま「学校内」で「生徒同士」が「ナンバーワン」を目指して戦うという所がテーマのタイプ。代表的な作品は映画『クローズ』シリーズや『ガチバン(紋児メイン)』、ドラマ『バカレア』『Bad Boys』『シュガーレス』など。このタイプのもう一つの特徴は内を治めたら、外から敵がやってくるというパターンに発展することが多いということです。

『クローズ』を例にとると、『クローズZERO』では滝谷源治が校内のつわものを倒して番長を目指すということがテーマで、その次の『クローズZEROⅡ』は敵対する高校との抗争が始まり、『クローズEXPLODE』では校内でナンバーワン決定戦をしながら、高校生でもないチンピラを相手にするということになります。

このタイプの物語の特徴は、基本的に面倒臭い苦悩がないこと。「戦って見える先には何かある!」を地で行くので、うだうだ言ってるなら殴れというようなテンションが常にあります。そのため、定型化しがちでもあります。

②学校なんてクソ食らえ!タイプ

2つ目はもう最初から学校なんて不要で、基本的には「不良の美学」と「青年期の危うさ」をテーマとするタイプ。代表的なのは『ガチバン(勇人メイン)』『アラグレ』『キッズリターン』『ハードロマンチッカー』『狂気の桜』などです。学校に拘らないので、学生感は薄くなりますが、ヤクザにもチンピラにもなりきれないので不良(ヤンキー)ということにしています。

例えば、『ガチバン』で主人公の勇人は「卒業して進学とか、働くとかお前らヤンキーなんじゃねえのかよ」という気持ちを持ってドロップアウトし、そのまま長い暗闇に突入する訳です。これは③でいうモラトリアムよりもっと希望の無い停滞といってよいと思います。『狂気の桜』に至っては右翼活動始めるしさあタイヘンです。

このタイプは「生きていくということを真剣に考えなくてはいけない」のに、突っ張ることでそれを保留にしてしまう人間の弱さと幼さが物語の裏のテーマになっていることが多いのが特徴です。そして、ここが今回『ホットロード』に違和感を感じた原因だと推測しました。高校に行っている様子もない春山が、暴走族のヘッドとして生きていくという物語であれば、それなりの「不良道」と「危うさ」をみせてほしい...!そう思っているのに果たされないつらい。あれだけ清々しくヤンキーを演じられると、ツッパリの立つ瀬ないよ...臣ぐん...。


最後はちょうど①と②の中間のようなタイプで、「学校」に居ながら「自分と向き合う」ことをテーマにしたタイプ。『青い春』『GO』偶然にも最悪な少年』などが代表的です。

一般的な「青春映画」に近くなってきますが、「不良と呼ばれる自分」の「貫きたいポリシー(美学と言うほどまでのものじゃない)」を表現するというのが物語の特徴です。

『青い春』で「ここ(学校)は天国だ」という九条の一方、次々と学校から居なくなってしまう木村・雪男・大田、そしてこの世界からも消える青木のそれぞれの貫きたい生き方が描かれています。学生という一種守られた身分の上で、自分自身について苦悩するというところに焦点があてられ、まさにモラトリアム人間といったところです。


以上、いままでいくつか観てきた「不良(ヤンキー)映画」をタイプ分けして分析してみましたが、もれているものもあると思います。例えば、『ごくせん』や『ルーキーズ』は個人的に「青春学園ドラマ」と定義しているので、今回のタイプ分けには入って居ません。これは?ということがあればお気軽にご質問ください。